「おっ、ととと。ありがとう【血狐】」
『――周囲警戒』
「うん、お願い」
赤黒い波に乗せられ、辿り着いた『惑い霧の森』。
その前には数人の見知ったプレイヤーが、急に空から降ってきた私達に向けて警戒していたものの。きちんと姿を見せた後は「いつもの事か」と言わんばかりに、こちらへの関心は薄くなった。
まぁこちらとしてもそれくらいの方がやり易く、地主として敬意を必要以上に払われるよりはずっと良い。
兎も角。
そんな風に到着した私の方へと1人のプレイヤーが近寄ってきていた。
見る限り、普段からうちのダンジョンで活動している『駆除班』の1人だ。
「アリアドネさん」
「ん、お疲れ様。色々始まってるみたいだけど行かなくて良いの?」
「行きたいのは山々ですよ。……貴女のパーティメンバーの方から伝言を預かっていたので」
苦笑を浮かべながらそう言われ、こちらとしては申し訳ない気持ちとなってしまう。
彼のためにもすぐに用件を済ませた方が良さそうだ。
「伝言って?」
「フィッシュさんから『先に行って待ってる』、灰被りさんからは『目印を出し続けるのでそこで合流しましょう』との事です」
「成程……ごめんね、ありがとう」
「いえ、いつも世話になってるんで。では」
『駆除班』の彼は短くそう伝えるとその場から消えていく。
恐らくは特殊エリアへと転移したのだろう。
私も後に続くように、メニューウィンドウを操作し、先程街で出現した転移確認を再度表示させ、
「じゃ、行こうか」
転移する。
と言っても、体感的には一瞬の出来事だ。
電子的なルートを通ることも、不穏な道を歩く事もなく、視界は一瞬で切り替わる。
先程まで居た、霧が湧き出る森の入り口の近くではなく。
私は、見た事のない荒野へと転移していた。
近くには……とりあえずは敵も、味方であろうプレイヤー達の姿もない。
空は黒い雲で覆われ、今が昼か夜かも分からない。
しかしながら、少し離れた位置から爆発音が鳴り響き、雷光にも似た光が断続的にではあるがこちらにまで届いている。
「……あれだろうなぁ」
そんな中に1つだけ……というよりは。
分かりやすくあれだろうというべき
それは、
「灰の塔、かぁ。アレ魔術で作ってるんだとしたら何をどうやってるんだろう」
灰色の塔。
爆発や雷、それ以外の余波に負けずに荒野に聳え立つ1本の塔。
それは、時折周囲へと何か粉のようなものを撒き散らしているのが見えた。
恐らくはアレが灰被りの言う『目印』であって……彼女の持つ広範囲殲滅型の攻撃魔術なのだろう。
そして前線というべき現場の状況は、そんな魔術を使う程には忙しいという事だ。
私は狐面から自分の周囲へと一気に霧を引き出すと、詠唱を開始する。
見えているのならば、そして周囲に邪魔をするような障害物がないのならば……私の持つ移動魔術はその真価を発揮するのだから。
「【霧式単機関車】
『承りました、創造主様』
出現すると同時に乗り込み、コンダクターに指示を出す。
その瞬間、私の身体には息をするにも苦しい程の強烈な重力が掛かった。
文字通りの全力疾走。今までの【霧式単機関車】で出していた速度は乗り込んでいた私や、他の面々に気を使った速度だったのだろう。
しかしながら、今回に限ってはそうではない。
状況が状況、それがコンダクターにも分かっているのか……私をあくまで
当然、私もただ前方から掛かる重力に耐えているわけではない。
転移の影響で切れてしまったバフのかけ直しや、これから必要になるだろう手札の確認を手早く行っていく。
「【霧狐】……あとは、魔術言語のストックかな。多分『狐群奮闘』辺りは使うだろうし……カルマ値上がるだろうな、ぁッ……!?」
『異常確認。急停止します』
インベントリを開きつつ、そう呟いた瞬間。
【霧式単機関車】の車内が大きく揺れ、コンダクターの言葉で単機関車自体が停止する。
それはあたかも走行中のこの単機関車の側面に何かがぶつかったかのような衝撃だった。
恐る恐る、『面狐』を構えつつ外に出て確認してみると……そこには1人の女性の姿があった。
「いっつつ……ん?あ、アリアドネちゃんじゃん」
「フィッシュさん……?いや、それより傷!」
恐らくは前線から吹き飛ばされてきたのだろう。
単機関車の側面にぶつかった彼女の身体は、無事な所を探した方が早いと思う程には傷付いていた。
そんな彼女を抱き起こし、ひとまずはインベントリ内に入っているHP回復系のアイテムを使用していく。
「あーありがとう。いやぁ、結構敵が強くてねぇ」
「一応聞きますけど、ボスですか?」
「ボスだねぇ。ボスが取り巻きを出現させるタイプっていった方が適切かな……兎に角、私はボスに殴られてここまで吹っ飛ばされた感じだねぇ」
「成程……ちなみに移動中だったんですけど、ここって結構もう近い感じですか?」
「ん?あぁ――」
徐々に傷が塞がっていく彼女は、私に向かってにっこりと笑いかけつつ。
「近いというか、ほぼほぼ前線だぜ。もう」
「へっ?」
直後、強い衝撃が再度私達を襲った。