「普通に呪物って言われても何ら違和感ないですねコレ」
「実際呪物みたいなもんでしょ。人の血で記された、内容が内容な紙の束なんて」
どこぞの少年漫画に出てきてもおかしくはない、そんな印象を受ける紙の束に対する感想はそんなもので。
私は無造作にテーブルの上に散らばったそれを、内容を見ないように気を付けながら1つにまとめ、テーブルの中心に置いた。
灰被り、そして物の『性質を視る』という事に長けているらしいメウラに目配せすれば、その2人共に頷くのだから……恐らく、近くに置かれた本とのリンクは出来ているのだろう。
「いやぁ助かりました、クロエさん。報酬は?」
「じゃあアリアドネさんの所の深層、そこの劣化ボスと戦う時に手助けしてください。辿り着くのは出来たんですけど、そこまでで力尽きちゃって」
「……素材が欲しいなら、渡せますよ?それに手助けしてもらって素材を得ても、」
「大丈夫です。私の持ってる魔術的に、道中よりも
「それなら、良いんですけど」
報酬の件はそれでいいとして。
私は皆が手を出そうとしない、紙束を自分の方へと引き寄せつつ、自身の現状の装備を確認する。
……一応、継続回復のシギルは発動させておこうかな。
何が起こるか分からない。否、ほぼ確実に何かが起こるであろう代物に今から目を通すのだ。
出来る限りの準備はしておいた方が良い……のだが。
悲しいかな、私にとって出来る事前準備というのが『霧を引き出す』、『継続回復のシギルを発動させておく』の2つ程度しかない。
「では、失礼して……」
意味もなく、自身に発破をかけるという意味で声を出しながら。
私はその紙束へと目を落とした。
内容は普通の物……とは言い難い。
本当に鑑定をして分かった情報なのか、という疑問が残る程度には長文のそれを読み解いていくと。
灰被りが見つけてきた本は超自然的存在や魔術、それらに関係するような事柄、人物、物体などについて書かれた本であったらしい。
しかしながら、変質してしまっている。
決定的な部分で、その本に記されている存在によってその本質を歪められてしまっている。
瘴気と、それを操る燃え立つ尾を持った牡鹿の悪魔によって。
【全体通達:イベントの進展を確認しました。情報を共有します】
【全体通達:これよりダンジョン以外からも瘴気が発生します】
【プレイヤー:アリアドネに通達:瘴気に侵された書物の内容を確認しました。一定時間の間、【瘴気感染】のデバフが付与されます】
「うっ、ぐぅ……」
「浄化します」
紙束を読み終わり、テーブルの上へと戻す……と同時。
ログが流れたかと思えば、私の身体からはいつぞやの黒い鎖のように紫の瘴気が湧き出て、そして私の身体を蝕んでいく。
視界の隅に表示されているHPバーを確認すれば徐々に減っているのが分かる。分かるのだが、
「……無理ですね、弾かれます。アリアドネさん」
「使ってた継続回復のシギルも無視されてますね。……ちょっと厄介な事になったかなこれ」
そう、事前に発動させておいた継続回復も。
そして今も隣で複数の魔術を私の身体へと試してくれているバトルールの魔術も、そのどちらもが効果を発揮していない。
恐らくはこの【瘴気感染】とやらが悪さをしているのだろうが……それにしたって、面倒臭い事この上ない。
「ちょっとデスってきます。多分解けないでしょうけど……一応、外の様子も見たいんで、私のダンジョン前に集合で良いですか?」
「大丈夫なのか?」
「私は大丈夫。多分予想通りなら……継続回復量が消費量に負けてるだけだと思うし」
「……ふぅむ。じゃあとりあえず私達は行くことにするよ」
フィッシュがそう言い、彼女に続くようにして他の面々もこの場から去っていく……のだが。
1人だけ、一緒に外へと行かなかった人物がいた。
「どうしました?灰被りさん」
「いえ。どうせ必要になるでしょうし、探す手間も省けるでしょう?」
「……ふふ、話が早くて助かっちゃうなぁ」
灰被りがこの場に残った理由。
単純で、この上なくこの場に居る私にとってありがたい理由だ。
彼女は、私を殺そうとしてくれている。
これだけ聞けば、私も灰被りもおかしくなったかと思うがそうじゃあない。
今この場に居た他の面子よりも、彼女が一番適任……だからこそ、彼女は残ったのだ。
私に言われるまでもなく。残ってくれたのだ。
「じゃあお願いします。……って、代償とかあるんでしたっけ」
「いえ、一次解放……プレイヤーを
彼女は、自身の身体の動作によって多種多様な魔術を使い分け……さながら戦場で踊りながら敵を薙ぎ倒していくような、そんなプレイヤーだ。
しかしながら、彼女の持つ魔術の中で特徴的な物が私の知っている中で2つある。
1つは、先日参加してもらった防衛クエスト内で見せてくれた、敵対者を灰へと変える【灰の女王】。
そしてもう1つは、
「では……【灰化の魔眼】
視るだけで相手を灰へと変える、暗殺特化の【灰化の魔眼】だ。
聞いた話では、通常の仕様ではプレイヤーを殺し切るような性能はないとの事だったのだが……恐らくは等級強化、もしくは私の知らない強化法によって性能自体が向上したのだろう。
彼女の目が灰色に輝いたかと思えば、私の視界が下へとずれていく。
否、ずれていくのではない。落ちていくのだ。
違和感はなく、ただただ初めからそうであったかのように私の身体は足から徐々に灰へと変わっていく。
そして気が付けば。
私の視界は黒く染まり、HPバーは底を尽いていた。