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Chapter6 - Episode 32


私達がイベントダンジョン『瘴霧に侵された森』を攻略した後。

ゲーム内の状況は一気に加速した。

というのも、やはりイベントダンジョンの攻略法が確立したというのが大きいのだろう。

『駆除班』を始めとする所謂攻略組と呼ばれる前線プレイヤー達は、各地に存在しているイベントダンジョンの攻略を開始。

それ以外の、初心者を含めたダンジョン未所有プレイヤー達は、フィールド上に存在しているイベントモブ達の殲滅を順調に進めていったのだ。


当然、問題は起こった。

イベントダンジョンの攻略を複数回失敗すると、ダンジョンボスが一時的にエリアボス扱いとしてフィールド上に出現したり、誰も攻略していなかったダンジョンがイベントダンジョンと化しており、通常では考えられない程に難度が上がっていたりと様々だ。

しかしながら、プレイヤーの数は多い。

1人が問題を起こしてしまった場合でもその10倍以上の数のプレイヤーが問題解決に動き、そして何事もなかったかのようにイベントの攻略を進めていく。


そんな中、私達は【始まりの街】の図書館へと訪れていた。

何も休憩や、本が読みたいからと言うわけではない。

このイベントを進める為の情報を集めるのが目的だ。


「と言っても、見る限り私達が何かするまでもなく進んでるけどねぇ?そこんとこどう?アリアドネちゃん」

「まぁ、オンラインゲームってそういうものですし。でもオンラインならではの要素はやっぱりあるんですよ」

「ならではの要素、ねぇ……」


パラパラと本のページをつまらなさそうに捲りつつ、フィッシュはこちらへと問う。


「この状況が既にならでは、って感じだけどそこんとこどうだい?」

「確かにならではですね。でもオンラインゲーム、それも最近の没入型VR、その中でもワールドシミュレーション型って呼ばれるMMOにはもう1つの『ならでは』って言うのがあるんですよ」


勿体ぶった言い方だな、とは自分でも思うものの、正直時間が有り余っているのだ。

暇と言ってもいい。

ここに来た理由・・についてはもう達成しているも同義なのだから。


「ほう?」

「ワールドシミュレーション型っていうのは、プレイヤー1人1人が主人公として、それぞれの物語を展開していく事からそう称される事が多い作品群の事を指すんです。特にArseareはその傾向が強かったりしますね」

「あー……何が言いたいかは分かったよ。アレだよね、『惑い霧の森』関係のストーリーはアリアドネちゃんが主人公のポジションだったように、他のダンジョンやNPCに纏わる話もそれぞれ別のプレイヤーがそうなり得るって事だろう?」

「えぇ、そうなります」


分かりやすい例なら、今フィッシュが挙げた私の例だろう。

明らかに私が主人公というポジションで、様々な……しかしながらグランドストーリーではない物語。

それがプレイヤー毎に、個別に発生し得るのがワールドシミュレーション型の特徴となる。


「で、それが今回どう関係するんだい?」

「えぇっとですね。そうした傾向を持ったゲームって、誰か1人がフラグを立てたら大体イベントが起きたり、イベントが先に進んだりする事が多いんです。つまり」

「今、このゲーム全体で起きてるこの大型イベントもその類だと?」

「そうなります……っと、灰被りさん。見つかりました?」

「ありましたよ。中々巧妙というか、魔術を使ってやっとって感じですが」


話している私達の方へ、一冊の本を持って近づいてくる女性……灰被りは、溜息を吐きつつテーブルの上に一冊の本を置いた。


「所謂イベントフック……何処か別の所にも似たようなのはあるとは思いますけど、この図書館の場合はこれでしたね」

「うわ、普通の本……じゃないね?うっすら瘴気が出てる」


彼女が持ってきた本は一見すれば普通の、強いて言えば作られてから長い時間が経っているのか、ページが黄ばんでいるくらいしか特徴のない革装丁の本だった。

……フィッシュさんが言う瘴気、見えないな。

そしてもう一つ。

灰被りが置いた本を見て、フィッシュが言った事柄については……私は確認することができなかった。


「え、これ見えるんですか?さっきも言った通り、見つけるのに魔術を使ってやっとだったんですが」

「見えるねぇ……んん、いやこれ多分私の性質の所為かも。そういうの・・・・・とよくゲーム内で関わってるから」

「あー、じゃあ見えてない私の方が普通かぁ……」


元よりフィッシュは特殊なプレイスタイルを持つプレイヤーだ。

私の知らない何かによって、目の前に置かれた本の異常を感じ取っている可能性もある。

そう考え、パーティチャットで目的の物が見つかったとここに居ない3人へと連絡を取った。

そう、3人だ。


ダンジョン攻略に協力してくれた2人……メウラとRTBNに加えもう1人。

その人物は程なくして私達の居るテーブルへと近づいてきた。


「すいません、少し離れていた位置で探してたもので。……それが?」

「そうらしいぜ、バトくん」


バトルール。フィッシュと普段から行動を共にする彼女の後輩が、リアルでの用事を済ませて合流してくれたのだ。


「ここにいない面子は……まぁ少ししたらくるんで、始めちゃいましょう」

「分かりました。では失礼して……範囲縮小、対象選択、魔力供給開始……完了。【スター】」


あくまで小規模に、注意していないと分からない程度には魔力の放出が抑えられたソレは、タロットカードとして彼の手の中に現れた。


範囲鑑定魔術【星】。

フィッシュに聞いた話によれば、バトルールの他のタロットカード系魔術と同様に結界を張り、その範囲内に入った敵対者の情報を読み取ることが出来る魔術……という話だったが、どうやら違う仕様も兼ね備えている魔術だったようだ。


「では、失礼……いでっ」

「あは、大丈夫かい?バトくん」

「えぇ一応は。でも鑑定自体は弾かれましたね。HPも半分持ってかれてます」


バトルールは手に持った【星】のタロットカードをそのまま本へと触れさせる。

と、次の瞬間。

紫色の光が本から発せられ、彼の手をタロットカードごと黒焦げへと変えてしまった。


「どうします?正直【星】が無理だと僕には打つ手が無いんですけど」

「あー、一応大丈夫だ。すまねぇ、遅れた」

「私も居るよ。ごめんねぇ、捕まえるのに手間取っちゃった」

「メウラにRTBN……って事は」


と、ここで呼び戻していた面々が帰ってきたようで。

手をひらひらと振りながら2人はこちらのテーブルへと近づいてきた。


「お疲れ様。……で、どこに?」

「そこに」


RTBNが良い笑顔を浮かべつつ、自らの背後を指差す。

そこへ視線を向けてみると、


「……またぶっ殺してやるからな……」


何やら黒い鎖状の魔力を身体から発しつつ、ホムンクルスによって羽交締めにされているクロエの姿があった。


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