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Chapter6 - Episode 12


……よし。シギルも用意出来た。

少し長い事ガンガンと甲冑に傷をつけるために『面狐』を振るっていたからだろう。

手が痺れているような感覚を感じるが、無理やりに手を振ってそれを誤魔化した。


今回刻んだシギルは単純ながら明確に悪意のあるもの。

『停滞』と『弱化』のシギルだ。

刻んだ相手に対して、動作速度を下げ、その強度自体を低下させる効果を持つシギル。

『混沌の魔術書』に載っていた、ある種エンドコンテンツに近い代物である。

だからこそ効果は見込めるし、だからこそ準備に手間がかかってしまう。

といっても、その手間も効果を及ぼしたい相手に対して直接刻む必要がある、というだけなのだが。


「じゃ、一気に。足りない分は……まぁ空気中からで問題ないでしょ」


騎士との距離は近い。

それこそ、手を取って踊ろうと思えば踊れる距離感だ。

だが、これから踊るのは平和な踊りではない。武舞に近いものの、相手を傷つけるために踊る死の踊り。

騎士は剣を持ち、こちらは短剣を持つ。

お互いの攻撃をいなしながら、しかしながらそれらの交差は徐々に多く、早くなっていく。


……こっちが準備出来た途端に急に加速したなぁ。やっぱりそういう事なのかな。

相手に手加減という機能が備わっているかは分からない。考える脳があるならば……まぁもっと早く私を殺しにきていてもおかしくはないが。

重くなる剣戟をまともに受けないように注意しつつ、私は周囲の霧を操り魔術言語を配置していく。

当然、シギル魔術と同じように儀式魔術にも相手に影響を及ぼすものは存在している。

だが、こちらもこちらできちんと手間がかかるために、こういう戦闘中に用意するのではなく、戦場になりそうな場所に予め準備しておくのが理想なのだが……そんな甘い事を言える状況ではないので仕方ない。


儀式魔術の内容は簡単に、『継続ダメージ』を与えるというもの。

範囲内……それも、儀式の中心という狭い範囲内に対象が居ないといけない、その範囲内に入れば術者である私自身にもダメージが入ってしまう、持続用のコスト魔力がバカ程高いという三重苦があるため、基本は使う選択肢にすら入らないのだが……今回くらいは良いだろうという判断だ。

それに、この特殊イベント空間は変に空気に魔力が満ちている。

それこそ大技を使えと言われているかのように、下手な魔術言語の構築さえしなければ空気中の魔力だけで、今回組んだシギルや儀式の燃料を賄えてしまう程度には。


「ま、情報が足りなさすぎるし考えても仕方ないッということで!」


霧が場に満ちる。

足の動きで消えそうになるそれらを少しだけ調整しつつ、私と騎士を中心に巨大な魔法陣が出来上がった。

あとは魔力を流すだけ。全ての起動のスイッチとなる『周囲魔力吸収』を起動させれば良い。

だから私はそのまま起動用に少しの魔力を霧に乗せ、そして魔法陣へと、シギルへと流した。


『――ッ!』

「『継続回復』ッ!」


反応は一瞬だった。

地面が光り輝き、その光の中心に居る私達に対して、黒いナイフのようなものが無数に飛んでくる。

避けようにも、追尾してくるそれらは急所にならない位置を掠め、そしてまたUターンして帰ってきては傷をつけていく。

甲冑を付けていない私はどんどん血濡れへと変わっていくものの、自身の持つ『継続回復』のシギルを使い、何とかHPの消費と回復の帳尻を合わせていく。


だが、私の目の前の騎士はそうにもいかない。

継続的に回復が出来るようなアイテムはもっていないだろうし、そもそも黒いナイフに反応しようにも、起動したシギルのせいで動きがコマ送りのようになっている。

そして黒いナイフの一撃一撃が当たる度に、甲冑の強度が下がっているからか弾かれる事もなく、逆に甲冑を破壊され傷が付いていく。


……思ってたよりも激しいな、この儀式!

予想ではもっと緩やかにダメージが入るものだと思っていたのだが、思った以上に早い。

だがここで焦ってしまったら何もかもが台無しになるのだろうと結論付けながら、私は『面狐』を上から下に軽く振り【魔力付与】を発動させた。

それと共に、『面狐』の刃の部分へと魔術言語を走らせる。


そこに象らせるは『触れた相手に』、『鋭利となる』という2つの魔術言語。

どちらも1つでは意味がなく、きちんと対象を選ばねばいけないものだ。

しかしながら今回はそれを魔術相手に、【魔力付与】相手に発動させる。

元々剣のように発生した【魔力付与】の薄い膜が、更に鋭利に……触れたら切れてしまいそうな程に鋭く長く変化する。


「これで、終わりッ!」


そうして振るうは、甲冑が砕け散って下の肉体が見えている部位。

魔力の刃が触れた瞬間、少しだけ抵抗感があったものの、獣人の膂力をもって無理を通し。

一気に振り抜けば『面狐』の追加斬撃が発生し、騎士の身体に3本の横線が入った。

瞬間、鮮血が私の身体を穢す。

それを浴びつつも、騎士がきちんと倒れ光へと変わっていくのを見届けた。


『EVENT ENEMY END』

【特殊イベントを終了します】

【イベント評価計測……完了】

【プレイヤー:アリアドネ イベント評価:B+】

【報酬を付与しました】

【通常エリアへと転送します】


そして私の視界はまたも一変し、気が付けば私は図書館へと帰ってきていた。


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