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Chapter6 - Episode 11


ズガン、という音と共に白い床が割れる。

騎士によって振われる剣は的確にこちらを狙うものの、私の移動速度の方が少しだけ速いためか捉えられる事はない。

だが、こちらもこちらで攻撃ができるからと言って有効打を与えられるわけではない。


……単純に硬いなぁ。

騎士の着ている甲胄が硬い。

甲胄と甲冑の隙間に刃を入れられるのならば話は簡単なのだろうが、私にはそんな技量はない。

だが、そんな技量の有無を覆すことが出来るのが魔術なのだ。


現状使える2つの魔術はどちらも攻撃向きといえば攻撃向き。防御にも使えるが、避けることが出来るのならば攻撃に使った方がマシだろう。

それに加え、恐らくこのイベントは魔術言語を始めとした3つの技術を使うことを前提に組まれている可能性が高い。

というかイベント名からしてそうだろう。


「っていっても3つかぁ……」


だが技術を使うということは、だ。

応用が効きやすい魔術言語はまだ良いにしろ、シギル魔術と儀式魔術をどこかしらで使わねばならない。


……使えるシギル魔術は思い出せばあるだろうけど、儀式かぁ……。

相手に作用するタイプの儀式魔術は確かに存在する。

だがそれを使うとしても準備するのに時間が掛かるのがネックだろう。

最悪、陣を描くのは霧で良い。

しかしながら素材を置くのが難しいのだ。

やりようは存在する。それをどうにかするのが魔術言語の分野なのだから、どうにかは出来る。


「よし、やるか」


やるしかない。やるしかないのだから、行動に移すのみだ。

騎士の動きを注視しつつ。私は自身の周囲に展開している霧を使い、複数の狐を作り出す。

『狐群奮闘』、今の私にぴったりな言葉遊びと皮肉を含めた言葉を思い浮かべながら、霧を操作する。

中に仕込む魔術言語は相手を凍結させるものではなく、今回は実体化……交霊術などで使われる事もある、実体のない相手に対して使う魔術言語を仕込み、無理やりに霧の狐達に実体を持たせる。

普段ならばこんな事はしない。何故なら、実体を持つという事は身体の動きがそれに引っ張られてしまい、私が操作能力で動かそうとも風の抵抗など、実体故の動作不良が伴うのだ。

だが、今回はやる必要があるのだから仕方ない。


……うん、やっぱりラグがあるなぁ。

実体を持たせた霧の狐達に対して、儀式魔術に必要な素材を持たせ走らせる。

一瞬、その狐達に対して騎士がぴくりと反応しかけたような気がするが、攻撃されなかったために問題はないだろう。

だが騎士はそのまま私の方へと走り出す。

恐らくは狐達を走らせ始めたのがトリガーとなったのだろう。少ない休憩時間のような空白が終わり、再度戦闘が始まった。


といっても、戦闘らしい戦闘にはならない。

騎士の攻撃は私に届かず、私の攻撃は騎士に弾かれてしまうのだから。

この状況を崩すためのものは確かにある。というか、それを崩せると判断された最低限の魔術だけが今回使用可能になっているのだろうから。


【魔力付与】はそういう意味では攻守どちらにも対応できる便利な魔術だ。

私の持つ魔術の中では唯一と言っても良いレベルで汎用性が高い。

この場で選ばれたのも納得がいく、のだが。


「まぁ、使うタイミングだよねぇ……ッ」


そう、使うタイミングだ。

確かに【魔力付与】を使えば騎士の甲冑の守りは何とか突破くらいは出来るだろう。

それでも使っていない理由は、何が起こるか分からないからだ。

確かに通常のイベント……敵性モブとただ戦うだけならば、私も何も考えずに使用していたことだろう。

しかしこの場は違う。


掲示板でも、そして実際に私の目でも見た事ない相手である騎士。

それに加え、このイベントの発生状況。

魔術に対するカウンターを持っている可能性も否めない。

……魔術カウンターとか考えたくないけど、【魔力付与】とかカウンターされたら私がただピンチになるだけなんだよなぁ。

ちなみにそれは【霧の羽を】でも同じ事だ。

視覚妨害は騎士の攻撃を回避するのに大変邪魔になってしまう。

これが【霧狐】や【血狐】など、私の目の代わりになってくれる何かが居てくれるならばまた別なのだが……今の状況で無いものねだりをしても仕方ないだろう。


「……やっぱり、魔術は決められる状況じゃないとダメかな。配置は……オーケイ」


剣の速度に慣れてきたからか、適当に身体を少し逸らすだけで避けられるようになってきた。

だからこそ集中力をある程度他に割くことが出来る。

騎士の周囲を踊るように、剣に尻尾が巻き込まれないように。

私は『面狐』によって甲冑が傷が付くかどうかを確かめていく。


……うん、傷は付く。なら問題ないかな。

儀式魔術の準備は整った。それと共にシギルを相手に刻めるかどうかの確認も終わった。

あとは発動するものを決めて、それに合わせたタイミングで騎士を足止めするだけだ。

だが、そこに達するまでのプロセスは慎重に行わねばならない。

今も剣を避けながらシギル魔術を甲冑に刻んでいっているものの、一歩間違えれば剣の餌食になってしまうのだから。


「やっぱり最近【血狐】とかに頼りすぎてたなぁー!これ!!」


硬い相手に対して、面倒な相手に対して【血狐】や内部に衝撃を徹すことが出来る【衝撃伝達】など。

普段使っていて、尚且つ使えない魔術の有難さが本当に今身に染みている。


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