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Chapter6 - Episode 3


そうと決まれば、『奏上』を使うべく準備を始めた。

といっても準備という準備をする必要は全くない。

詠唱をするだけ、と言えば聞こえはいいだろうが……灰被りやメウラが見せた詠唱を思い返すと、それらは全てこれから自身がやる事、魔術によって起こしたい事を事前に宣言しているように思えた。

と、いう事はだ。


「『奏上』の内容は……魔力、っていうかMPが欲しいって考えると……」

『あぁ、そこに関しては少し適当でも良いと思います』

「適当で良いんですか?」

『えぇ。一応深層の方にある神社に行く必要はありますが。あ、もしかしてその儀式魔術はこの場から離れたら効力を失ったりしますか?』

「いえ、大丈夫です。……深層ってことはもしかして『奏上』は場所によって効果が変わったりします?」


そう聞くと、巫女さんは頷いた。

神や、それに準じた存在はこの世界Arseareではいつも私達プレイヤーを含めた住人達を見守っている。

そして当然ながら、それらにアクセスしやすい場所も存在するという事だ。

アクセスできるのであれば、一方的な願いよりもある程度融通が利くのだから。


「じゃあ移動しますか」

『では私は先に行って待っていますね』

「あ、お願いします。適当に素材も回収しながら行くんで少し遅くなるかと」

『分かりました』


霧となって溶けていくように消えていく巫女さんを見送った後、私も神社の境内から深層へと向かって歩き出した。

この場から深層まで行くのにそこまで時間は掛からない。

1人ならば【衝撃伝達】や【血液強化】等を併用することで、道中の戦闘の多くをスルーすることが出来るからだ。


「よし、じゃあ行きますか」


装備を軽く確認した後、私は境内から深層への移動を開始した。




『……む。狐の女子は……色々放ってそのままの状態で出ていったのか。……これは儀式魔術か?魔力が足りていないようだな。ふむ、少し手伝ってやるか』


――――――――――――――――――――


「あーもう。なんでこういう時に群れに会うかなぁ」


息を1つ吐きつつ。

目の前に現れた数十体のダチョウ……ミストオストリッチ達に向け、『面狐』を取り出した。

普通に戦闘を行えば物量と、その能力によってこちらが圧し潰されるだけだろう。

普通に行うならば、だが。

【血狐】、【霧狐】を出現させ、それと共に私はミストオストリッチの群れへと跳びこみ、そして行動を開始する。


私が相手にするべきは、既に私へと反応し始めている数体のみ。

それ以外は【血狐】が相手をするから大丈夫だろう。

既にその形を津波のように変化させているはずだが、何やら非難めいた視線を感じるのは気のせいだろう。


「【衝撃伝達】、【血液強化】、あとはー【路を開く刃を】」


ここでダンジョンの上層と深層の違いは何かと言われれば、単純に戦闘の密度であると答えるべきだろう。

それこそ『惑い霧の森』では、ミストイーグルという複数体出現するモブが存在するものの……深層はそれ以上に酷い。

というのも、単純に数が多いという話では済まなくなってくるのだ。


ダチョウ然り、ヒトガタ然り、何だかんだ然り。

それぞれがそれぞれのコミュニティを形成し、そして襲い掛かってくる時はそれらが一気に襲い掛かってくる。

その厄介さは上層とは比較にならない。

単純にモブが大量に出てくるだけなら、私やメウラがそこまで手間取る事もない。

他の知り合い達が深層へと辿り着くのに時間が掛かる事も無い。なんせ、個対多の戦闘には比較的慣れた者が集まっているからだ。


だがそれでも時間が掛かる理由は、


『――ッ!!』

「もう来ちゃったかぁ、援軍」


モブ達のコミュニティ同士が相互扶助のように、戦闘中に援軍としてやってくるからだ。

今も初めはミストオストリッチしか居なかったのに対し、現在ではミストヒューマンに加え、ミストウルフなどのモブがそれぞれ十体単位でこちらへと迫ってきているのが見えている。


「面倒だし終わらせよう……『雑氷』」


だが、勿論対処法は存在している。

それは単純に広範囲を殲滅することが出来る魔術やそれに類する何かを使い、援軍が来る前にコミュニティごと殲滅するという方法だ。

私の場合はキザイアとの戦闘で使った大規模な範囲攻撃である『雑氷』など、魔術言語を扱う事で疑似的に広範囲殲滅を可能としていた。

目の前に出現した氷塊を含んだ多量の水の渦が、敵性モブ達と【血狐】を巻き込み、そして光へと変えていく。


『――抗議』

「あっ、ごめん【血狐】。でも大丈夫でしょ、多分」

『――肯定』

「どうせならその中で倒しきれてないのトドメ刺しておいて。私先行するから」


タンタンッ、と足で軽く地面を踏み鳴らし【衝撃伝達】を発動させ、その場から跳ぶように加速する。

もう既に神社には近い位置まで来れているのだ。ならばここからは強引に行って良いだろうという判断で、私は行った。


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