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Chapter5 - Episode 35


これは本当に1人で対処できるボスなのかというのが素直な感想だった。


周囲に立ち込める魔力の霧から出現する、実体を伴った霧の狐達。

霧によって作られた槍の集中豪雨。

極め付けは、霧の刃を手に握りこちらへと突っ込んでくる『白霧の狐憑巫子』。

群と面と、そして個人による範囲、単体殲滅攻撃のオンパレード。


対処できないわけではない。

霧の狐に関しては【血狐】がその巨大な身体と攻撃性能を。

霧の槍に関しては【霧狐】と狐獣人という出自による索敵と回避能力によって。

そしてボス本体に関しては私自身の戦闘経験と勘をフル稼働して対処出来ている。

そう、出来てはいる。


しかしながら、そこから先……攻めに転じるのが出来ていない。

対処に追われ、中々攻勢に出ることができないのだ。

だからこそ、何処かでこちらが攻められる隙やそれに繋がるギミックなどを見つける必要があるのだが。

……ギミックみたいなモノは見つからないなぁ。


これまで少数ながらギミックのあるボスと戦ってきた経験上。

戦闘中にそれらしきものを示唆しない環境やボスなどあり得ない。

1番わかりやすかったのはグリム達と攻略した『誘い惑わす村』の戦闘だろう。

イベント開始と共に始まったNPC達の語りにヒントがあり、あの時は本当のボス戦へと辿り着くことが出来た。


今回『白霧の狐憑巫子』と話した内容はといえば……当たり障りのない、これといって攻略のヒントになりそうなモノはない会話だった。

つまりここから考えられるに、


「単純な実力勝負……ッ!」


そうなると話は一気に単純になる。

全ての障害を乗り越え、相手の胸に短剣を突き刺してやれば良いのだから。

そう考え、私は起動していなかった継続回復のシギルを起動させながら一歩前へ、相手の懐へと入るように踏み出した。


瞬間、捌かねばいけない攻撃の密度がぐんと上がる。

今まで【血狐】に任せていた霧の狐達の何割かがこちらへと。

気を張って見切り避けていた霧の槍が頬を掠めるように。

そしてボス本体の攻撃速度も一段上がる。

当然だ。自ら死地へと近付くのだから。


だが、実力勝負で相手を倒さねばならないのならば手段はこれしかない。


「【血液強化】、【衝撃伝達】、【路を開く刃を】、【ラクエウス】!」


使える魔術を使い、自身の動作を邪魔しないように声を張る。

相手は思考能力を持ってはいるがプレイヤーではない。ならば、魔術の名前を隠す必要は薄い。

一度、二度ならばそのまま発声発動でも徹る。徹れば、こちらがさらに近付くことが出来る。

近付けば、手に持った『面狐』をその身体へと突き立てることが出来る。

単純な思考の回しを、複雑な身体の動きによって実現させていく。


『ァ……アァッ!!』


何やら言葉にならない声を挙げているが気にしない。

身体を狐の爪が、槍が、刃が掠めていくのも気にしない。

完全に避けられない程に近く、そしてこちらの手が届く距離まで来たのだから、より前へと踏み込んでいく。


どうしても避けねばならない、身体の中央や顔を狙うモノ、足を狙い機動力を落とそうとするモノに関しては全て自身の周囲の霧を直感で操作し、【路を開く刃を】によって弾いていく。

そうして無茶苦茶に踏み込んだ先は、


「やっと届いた」


手に持った『面狐』を十分にどの角度からでも突き立てることが出来る場所。

真正面へと立った私に何かのアクションを仕掛けようとしている『白霧の狐憑巫女』を、何処か他人事のように見ながらも、私は手に、身体に再度力を入れ。


「【衝撃伝達】、【魔力付与】」


その芸術品のような綺麗な身体へと『面狐』を突き入れた。

中心、通常の人間ならば心臓があるであろう位置。

そこに、一瞬足裏に発生させた衝撃波の勢いをもっていく。

人間相手ならば必殺の一撃。

しかしながら、相手は人間の形をした化け物だ。


一瞬『面狐』を突き入れた場所が霧のように揺らごうとしたのが見えたものの、それは叶わない。

同じような能力を持った白蛇と何度も何度も、それこそ最初の防衛戦の頃から戦闘しているのだ。

その対処法は考えなくとも身体が覚えている。

ずぶりと魔力を伴った鉄の刃が肉を裂いていく感触を感じ、ニヤリと笑う。

だがこれで勝ちではない。


……まぁ、そうなるよね。

私の腹部。

そこに急造されたと思われる、所々形が歪な霧の刃が突き刺さっていた。

【路を開く刃を】で咄嗟の防御が間に合わない距離。そこまで近付く方が悪いのだが……だが私の最大の攻撃を徹すには刺し違える距離まで近付く必要があったのも事実。


急速に減っていくHPと、それを少しでも緩やかにしようと限界まで駆動するシギルの存在を感じながら。

私は突き入れた『面狐』を捻りながら強引に相手の身体を断ち切るように右へと薙ぐ。

当然、HPの回復をするために空いている左手へインベントリ内から回復薬を取り出そうとして、やめた。

いつの間にかHPの減少が止まっていたからだ。


『――止血』

「助かる」


短く、自身の身体の中から響く声に応え、右へと開いた腕を戻すように再度攻撃を加えようとすれば、『白霧の狐憑巫女』はこちらを睨みつつも霧の刃と槍を周囲へ複数展開する。

当然だろう。彼女の残存HPを示す緑色のバーは今も急速に減っていっているのだから。

こちらが余裕が無いように、向こうも余裕が無くなっただけの事。

ならばここが押し時だ。


周囲に展開している自身の霧を更に濃くしながら、動作行使によって細かく【衝撃伝達】を発動させながら私は踊るように、右手に持った『面狐』を振るう。

周囲の刃や槍は【霧狐】や持ち前の感覚で【路を開く刃を】によって弾き、時に逸らしながら。

『白霧の狐憑巫女』が両手に持って振るう霧の刃は、全力で気合で避ける。

ここまで来たら全て気合だ。気合さえあれば何とかなるのだから。

某シューティングゲームでも気合避けが真っ当な戦法として捉えられているのだから、VRMMO、それもアクションゲームで同じように気合避けが真っ当な戦法として認められても良いだろう。

避けた先に待つのは、相手の隙だらけの身体だ。

その綺麗な、新たに追加された紅色によってより芸術品のような美しさを感じるその肌に、切り傷が増えていく。


「【霧の羽を】、【ラクエウス】」

『ッ!』


詰ませる。

非実体の羽による認識阻害は効かないだろうが、効かなくてもダミー程度にはなってくれる。

霧によって作られた罠によって、一瞬相手の動きが止まればいい。

周囲に出現したトラバサミに足が捕られ、確かに『白霧の狐憑巫女』の動きは一瞬だけ。本当に一瞬だけ静止する。


「もう疲れたッ!終わって良いよもうッ!!」


本音を漏らしながら。

衝撃波によって瞬間の加速を入れながら。

私は相手の頭へと『面狐』を突き立て、奥へ奥へと……頭蓋を割るようにと押し込んだ。


『ギッ、ィイ……ッ!』


まだ死なない。

まだこちらを見る目に光が消えていない。


「やって」

『――了承』


ならば更に攻撃を加えればいいだけだ。

それも身体の内側へと直接ダメージを与えられるような攻撃を。

私の身体の傷から、赤い液体が腕を伝い、刃を伝い、そして『白霧の狐憑巫女』の中へと入っていき、


『ァッ』


一度大きくビクン、と震えるとそのまま足の力を無くしたかのように、彼女はその場へと倒れ込んだ。


【ボス討伐戦をクリアしました】

【『白霧の狐憑巫女』との対話が可能です】

【『白霧の狐憑巫女』を討伐しますか?】


息はしている。

しかしながら、戦う意志はもうないのかだらんと身体から力を抜いたボスが目の前に存在していた。

防衛クエストの終わりを告げるアナウンスはない。

この選択をすることによって恐らくは終わってくれるのだろう。


「……」


私は、迷う事なく選択した。


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