周囲を薙ぎ払うように。
踊るように、見渡すように。
私は一度、『面狐』を振るった。
『――!?』
「うわ、予想以上」
別段力を込めた訳ではない。
それこそ『面狐』にかけた【魔力付与】の効果で相手に傷がつけばいいなと思った程度に軽く、だ。
しかしながら、結果として振るった直後に霧で出来た刃による斬撃が発生し、それに巻き込まれたミストウルフが血飛沫を上げながら吹き飛んでいった。
……追加斬撃が強いのか、それとも【魔力付与】との併用の結果かな……。
詳しく検証を行う時間はない。ミストウルフ一匹を吹き飛ばした所で、私の周囲に敵性モブが大量に居る事実は変わらないのだから。
どうやら今の一撃が開幕の合図となったのか、私へとモブ達が殺到し始める。
慌てる必要はない。慌ててももう遅い。ならば慌てる事よりも戦闘の方に思考のリソースを割くべきだろう。
こちらへと飛び掛かってくるミストウルフやラット、ラビット達を最小限の動きだけで避けていく。
当然、避ける際に霧の刃を進行上に置くことでダメージを与えるのも忘れない。
それと同時、私の足元で【霧狐】が明後日の方向へと顔を向けたため、私はそちらの方向へと『面狐』を振るい【魔力付与】による薄い盾を出現させる。
瞬間、そちらからヒュンという小さな音と共に重い衝撃が複数回手に走った。
見れば霧に溶けるように消えていく弓矢と、その直線上に数体のミストヒューマンが居るのが見えた。
当然、こちらが近寄っていないため霧を纏った状態だ。
「これが終わった後に開放される階層だとこんな感じの戦闘が続く感じになるのかな?」
モブ達が明らかに連携のような事をし始めている。
今も私が少し視線を弓を持ったミストヒューマンの方へと向けた瞬間に、その自慢の脚力で一気に距離を詰めてきたダチョウが2体。
ダチョウに対応しようとすればミストヒューマンからの弓矢が、弓矢に対応しようとすればダチョウ含めた近くのモブ達からの攻撃が飛んでくるのだろう。
……普段ほぼソロの私には面倒だなぁ、これ。
自分が管理しているダンジョンながら、面倒なモブ達が多いと思いつつ。
私は声を発した。
「【血狐】」
『――肯定』
瞬間、私の周囲に大量の赤黒い液体が渦巻いた。
ソレは近くまで来ていたダチョウ2匹を取り込みつつも、形を液体状から狐へと変えていった。
取り込まれたダチョウたちは、徐々に徐々に圧縮され……取り込まれた所為で体内に入ってしまったのであろうソレによって内部から破壊されていった。
「何体くらい倒した?」
『――不明』
「倒してないってわけじゃないよね」
『――肯定』
「なら良し、少し面倒だから近くで戦って。私はあの遠めにいる奴に対応するから」
『――否定』
「……あんたが行った方が良いって?」
『――肯定』
短い言葉から意図を読み取る必要があるために、少しだけ頭が痛くなってきたが現状ではこれが限界なのだから仕方ない。
「なら行って。出来るだけ私の事を狙ってる遠距離持ちをお願いするわ」
『――了承』
それだけ言うと、【血狐】は自身の姿を血の波のように変え私の傍からミストヒューマンの方へと迫っていく。
一応定型があるとはいえ、元は液体だからこその移動法だろう。その速度は私が魔術を使わずに全力で走るよりも速い。
……ま、魔術使ったら走るってよりは跳ぶとかそっちだしねぇ。
そんな事を考えつつ、私は周囲へと再び目を向けた瞬間。
ダチョウの足裏が私の目の前まで迫っているのに気が付き、
「あ、やべ」
重量のある何かがぶつかった音が響き渡った。
ダチョウの一撃は強力なものだ。
先ほどの第8ウェーブで戦った相手が強化個体であると仮定したとしても、その脚力から放たれる蹴りが弱いはずもない。
それこそ、現実のダチョウが飼育員の頭蓋骨を蹴り砕いた、なんて実話もあるくらいなのだ。
だからこそ、私は咄嗟に霧の刃を自傷覚悟で目の前へと集めた。
ダチョウの一撃を喰らうのと、刃によって顔面が切り裂かれるのならば私は刃で切り裂かれる方を選ぶ。どっちみちダチョウの一撃を頭に喰らえばそのまま即死が見えているのだから、選ぶまでもないだろう。
だが、直接的にその蹴りに当たらないだけで……当然、衝撃はこちらへと伝わってしまう。
「ぐ、ぁ……ッ!」
脳を揺らすような衝撃を食らい、私はその場でふらついてしまった。
だが、すぐに頭を振り周囲の敵の状況を確かめる……よりも先に、継続回復のシギルを起動し衝撃によって減った少なくはない量のHPを徐々に回復させることにした。
周囲は敵ばかり。だが、近くに居る敵に関しては【霧狐】が感知して教えてくれるし……そもそもまず対応すべきは目の前に居るこのダチョウだろう。
「……さっきは手も足も出なかったから……ここの管理者が誰か教えてあげるよ」
そう言って、出来る限りの笑顔を浮かべる。
笑顔を浮かべ、『面狐』を構え、私は行く。
こちらへの一撃を防がれ、少しばかり驚いたように目を見開いているダチョウの懐へと足を踏み出した。