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Chapter5 - Episode 29


魔術には対価コストによって、効果を引き上げるモノが数多く存在する。

一般的にイメージされるのは鶏の死体だったり、人の生き血だったりと一歩間違えればジャンルがファンタジーからホラーへと転向しなければならない物が多いが間違いではない。

人を含めた動物の死体には魂という入れ物がない為に、魔力という燃料が入りやすい。

生き血という、生物が生きている上で生産し続ける生命の糧はそれだけで力が漲っている最上の素材だ。

だからこそ、魔女や魔術師と呼ばれた過去の人物達はそれらを多用した。


そして対価が増えれば増えるほどに、結果として起こる魔術の効力は大きくなっていく。

しかしながら、対価はただ増やせば良いだけではない。

起こしたい魔術結果に見合った物を対価として使えば、数を増やすよりも絶大な効力を発揮するのが魔術なのだ。


それこそ、呪術と呼ばれる技術はその傾向が顕著に現れる。


「これは魔術というよりも、呪術と言った方が良いのでしょうね」


目から血を流しつつ、否。

流れる血が灰へと変わり消えていくのを私は見た。

灰被りはそれを気にせずに言葉を繋げていく。


「『祖は常闇に伏せ』、『師は霧へと消えてしまう』」


歌うように紡がれる言葉。

そこまで告げ、周囲に散らばっていた敵性モブ達は灰被りへと視線を向けた。

しかし彼女はそれを意に介さず、抉り出した自身の片方の眼球を両手で空へと掲げるようなポーズを取る。

……詠唱と、自身の身体の一部を対価に使う魔術……?

と、そこまで疑問に思いつつ。周囲から灰被りへと迫ってきていたモブ達を蹴りなどによって牽制していく。


普段、彼女がここまで隙だらけの姿を晒すことはない。

それこそ、私が一緒にダンジョン攻略した時だってそうだ。

休憩中ですら、彼女は周囲へと意識を配りいつ敵が来ても良いように準備を欠かさなかったのだから。


それにコストの重さも中々だ。

分かりやすいのは今も前線で戦っているフィッシュだろうか。彼女も自身の身体を対価にする魔術らしき物を使うが、それに詠唱まで含めるとなると話が変わってくる。

以前、メウラが使ったようなオーラを纏った土の十字架が近いだろうか。あれクラスのトンデモ魔術を行使しようとしていると言われた方が納得がいくだろう。


「『ならば我は』、『我はこの身を捧げ灰となろう』」


彼女の手の中にあった眼球が灰に変わる。

瞬間、彼女の身体全体に灰色のオーラが立ち昇った。

それと共に彼女を狙う敵性モブの勢いも増したが……私の目の前を含め、突如背後から迫ってきた黒い靄がその大多数を飲み込んでいった。

グリムの支援だろう。灰被りと旧知の仲である彼女には、灰被りが何をやろうとしているのか分かっているのかもしれない。

次第に黒い靄が灰被りの周囲をドーム状に囲い、外から姿が見えなくなってしまう。


「『これは我が罪』『我が背負うべき業の具現也』……【灰の女王】封印解除アンロック


そしてその中から声が響いた直後、黒い靄が消えていく。否、消えるのではない。

灰へと変わっていく・・・・・・・・・

薄い霧が漂い、黒い靄が行き交い、そして灰が新たに空気中に混ざり出す。


「俗に言う、1hスキルとかそういった類のものなのでこの後には続きませんが……まぁ、今回は良いでしょう。次はグリムさん辺りが何とかしてくれるでしょうし」


灰を纏いながら、一歩前へ出た彼女の様相は先ほど見た時と変わっている。

赤い頭巾を被り、白いシャツと黒いパンツスタイルのラフな格好ではなく。

灰色のティアラを頭に乗せ、何処かドレスのような形をした灰をその身に纏っていた。


「では、行きます」


彼女が更に前へ、まるで【女王】その名の通りに優雅に一歩踏み出した。

それと共に彼女を狙うように近づいて来ていた敵性モブ達が群がっていくが、


「『我は生を拒絶する』」


彼女が一言呟くと共に、一瞬身体を強張らせそのまま横へと倒れ、その身体を灰へと変えて天に昇っていく。その姿は何処かで見た覚えのあるもので。

……決闘イベントの時にRTBNのホムンクルスを倒した奴!

私に既視感の正体を思い出させるには充分な光景だった。

以前見た時にはここまでの見た目の変化などは無かった。精々が目が光る程度の物だったと記憶しているが……恐らくは等級強化によって変化したのだろう。


「フィッシュさん!」

「あは、灰被りちゃん凄い格好してるねぇ!?でもコイツ堅いぜ?」

「物理的、魔術的な堅さ程度、この魔術なら問題ないです!寧ろ離れて!」

「了ッ解。最後っ屁だぜダチョウくん……『フードレイン』」


灰被りの言葉に、前線で今もダチョウと戦っていたフィッシュが反応する。

見れば、彼女は左手の指が何本か無くなっており……ダチョウの方は無傷としか言いようがない程に外見は変わっていない。


空から人間の腕や足、そして血が降り注ぐ。

フィッシュの宣言と共に降り始めた肉と血の雨は、ダチョウに当たる度にその身を地面へとガクンと近づけていた。

見た目以上に質量のある攻撃、ということだろうか?


「足止めありがとうございます」

「いやいや」


前線から離れるフィッシュと、前線に近づく灰被りは短く言葉を交わした後に立ち位置を入れ替える。

そして前線に立った彼女は一言、


「『我は目の前の者のみを拒絶する』」


再び呟くように宣言する。

すると、今までどんな攻撃にもほぼ無関心に耐えてきたダチョウがビクンと身体を震わせ……しかしながら倒れず、しっかりとその両の目で灰被りを見据えた。

しかしながらそれも一瞬。

すぐさま横に倒れ、灰へと代わり、光の粒子へと変わって死んでいく。


【Eight Wave Clear!】

【Next Wave :0:05:00】

【ウェーブ発生条件を満たしていません。防衛を終了します】


「やった……って灰被りさん?!」

「おっとと……腕と片足ですかぁー……」


ダチョウが消えると共に、周囲に散らばっていた敵性モブ全てが消えていく。

全てを倒していないのにウェーブが終わったことに関しても考えた方がいいだろうが、今はその場合ではない。

私は何故かダチョウが倒れると同時に、両腕と左足を根本から弾けさせ灰へと変えた灰被りの元へと駆けつけその身体を支えた。


「ありがとうございます。この魔術、こういう所が使い勝手悪いんですよね」

「言ってる場合ですか!?えぇっと止血……あれ?」

「あぁ、大丈夫です。私が死ぬまではこの状態で固定されるので……でもここまで持っていかれるとは想定外で。すいません、この後のウェーブは戦力外として考えてもらって良いです?」

「それは……まぁ、良いですけど……」


彼女の両腕と左足の傷を見ようと視線を向けた私の視界に映ったのは、その断面を覆うようにして漂う灰の塊。

彼女の片目にもそれがある事を考えると、恐らくはさっき使っていた【灰の女王】という魔術のコストとして使われた、という事なのだろう。


「あ、アリアドネさん。灰被りさんはこっちで預かりますよー」

「クロエさん?」


と、ここで私の背後から声をかけられ振り向くと。

そこには何故か良い笑顔を浮かべたクロエが立っていた。


「……クロエさん、もしかして」

「そのもしかしてですよ、灰被りさん。その身体だと移動するなら私かRTBNのどっちかでしょう?」

「それならRTBNさんを呼んでもらって……」

「RTBNは面倒、とのことで。はい、行きますよ〜」


私から灰被りの身体を受け取ると、彼女は指を鳴らす。

すると、彼女の目の前に何か裂け目のような物が出来上がった。


「……む、プレイヤー入れる時は許可が必要か。灰被りさん、お願いします」

「本当に入るんです……?」

「大丈夫です。私も似たようなのに入ったことありますし、他の面々も入って何かがあったことないじゃないですか」

「……うぅ」


そう言って、灰被りは視線で何かを操作し。

その後、その裂け目の中へと入れられていった。


「……ちなみにそれって」

「拡張インベントリへの入り口を開く魔術ですね。生死問わず動物でもなんでも入れられる優れものです」

「……わぁ」


その後、後方へと戻っていった彼女の手で裂け目の中から引き上げられた灰被りの目は、何処か死んでいるように見えたが見間違いでは無いだろう。


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