ダチョウの元へと辿り着くのは一瞬だ。
まるで自動車に乗ったかのように流れていく景色を横目に、私は目の前の新しいモブが何をしてきてもいいように努める。
といっても、やれることなどカウンター対策として【路を開く刃を】を発動しておく程度だが。
……本当に便利な魔術だなぁ。
近接戦闘用に作ったはずの初級魔術をここまで使い倒すとは思っていなかったが、それもまた良いだろう。その分使う頻度が落ちた魔術も存在するが。
「さて、ダチョウの君は何をしてくれるの?……【衝撃伝達】」
目の前まで辿り着き、そんな事を呟きながら。
私はその場で横回転しつつ、身に纏う白い塊を少しばかり消費して尻尾に力を込めた。
相手はまだ高速で移動してきた私に反応が出来ていない。視線すらこちらに向けていないのだから当然だろう。それが余裕から来る行動でない限りは、だが。
私の尻尾がダチョウの身体に当たった瞬間、衝撃波が周囲へと撒き散らされる。
普通のモブならばこの一撃だけで体内にダメージが入り、低耐久のモブは死滅する。衝撃波を直接身体と尻尾の接触点に発生させているのだから当然だろう。
しかしながら目の前で起こった結果はそうはならなかった。
「マジか」
微動だにしていない。
衝撃すら伝わっていないかのように、何をされたかを理解していないかのように、尻尾を当てた私に目をぎょろりと向けた。
……これどれだ?多分強化は入ってるだろうから【血液強化】は入ってるとして……。
自分の持つ魔術をモチーフとしているのだから、何が元になっているのかは確かめたい。
しかしながら、相手はそれを待ってはくれないようで。
その長い左脚を持ち上げたかと思えば、
「……ッ!チッ!」
私の目に見えるかどうかギリギリの速度でこちらへと蹴りを繰り出してきた。
自身の身体に【血液強化】、それにバトルールによる強化が入った状態で見えるかどうかのギリギリの攻撃だ。そんなものをまともに受けるわけもなく、私は咄嗟に右方向へと跳んで回避する。
直後、何かの破砕音と共に石の欠片がこちらへと飛んできて……私は冷や汗を流した。
恐る恐る、しかしながら早く。音のした方向へと顔を向けてみれば、ダチョウの脚が境内の石畳を破壊している様子が目に入ってきた。
あんなものを自分の肉体で受けていたらどうなっていたか想像するだけで恐ろしい。
「【血液強化】は確定!身体強化系!私の打撃が入らないくらいの高耐久と見えないくらいの速度持ち!」
「アリアドネちゃんモチーフのモブ、基本クソって言われる類のモブばっかりじゃね?」
「自分でもそう思いますよえぇ!」
横に跳んだ位置に居るだけではまだ相手の
流石に武器がない状態でそんな相手とそんな距離で戦うわけにもいかず、私は動作行使によって【衝撃伝達】を発動させて後方へと下がった。
一瞬、あの蹴りの速度ならばこんな距離などすぐに詰められそうだと思ったものの……思っただけで口に出すのはやめておいた。
この世界には言霊なんて面倒なものがある。言葉には力が宿る世界なのだ。
そんな世界でフラグに近いものを口にすれば……システム的に言霊が発動しなくとも、何かしら悪い方へ進む可能性は存在しているのだから。
「持ってそうな魔術の候補はなんです?」
「視覚妨害魔術、使役系召喚魔術、罠生成魔術の3つですかね……」
「本当に面倒な魔術ばっかり持ってるわね……」
自分でも言っていてどうかと思うが、本当に面倒な魔術ばかり持っている。
そしてそれらがモチーフとなったと思われるダチョウはどうやら本当に面倒なようで。
フィッシュが私の言葉を聞いた後にダチョウへと飛び込んでいったにも関わらず、まだ倒せていない。
彼女の得意な近接戦闘に持ち込んでいるにも関わらず、1分以上ダチョウが生きているのだからその実力は中々だ。
この時点で既に私よりもダチョウの方が近接戦闘能力が高い事が証明された。
「あぁもう!堅いんだけど!?」
「衝撃も入らないですし中々ですよ、うちのダチョウは」
「誇ってる場合じゃあないんだよねぇ!」
幸いなのはやはり見る限り1体しか湧いていない所だろうか。
恐らくは前回におけるミストスネーク辺りと同じ立ち位置なのだろう。つまりは、ボス。
……その割に、まだウェーブは続いてるんだよねぇ。
今のウェーブは第8回。前回のように最終ウェーブと銘打たれているわけでもないために、今後が少し怖くなってきた。
「……私が出ましょうか」
「灰被りさん?」
「まぁ、今後しっかりと野生のものを倒す際には使えないですが。この防衛内でいいのなら
そんな中、私の近くに居てダチョウの動きを観察していた灰被りが一歩前へと出た。
彼女はその身に灰色の風のようなものを、否。その名の通り、灰を纏いながら口を開く。
「物理も、衝撃……恐らくは魔術による遠距離攻撃も効きにくい特殊個体か何かでしょう。と、なると。やはり崩すなら私が適任です」
そう言って彼女は自身の片目へと指を向け。
ぐちゅり、という音と共に指を入れ眼球を抉り出した。