霧兎……ミストラビットはこちらへと弾丸のように突っ込んでくる足軽のような個体と、他の敵性モブの後ろに隠れつつ、私の習得魔術である【挑発】のような効果を持った咆哮を放つ個体の2種類が居る。
弾丸のように突っ込んでくる個体は別にそこまで対処が難しいわけではない。
私のように途中で軌道を変えるわけでも、目で捉えきれないような速度を持っているわけでもなく……ただただ単純にまっすぐ、その身体を弾丸のようにして体当たりをしてくるだけなのだから当然だろう。
こちらにぶつかる寸前に武器を合わせるだけで、その身体の持つ勢いと相まって光の粒子へと変わっていくのだから。
問題は後ろで咆哮を放つ個体だ。
その咆哮によってこちら側に付与される【狂化】。私が使った場合は敵性モブがただただ単純に突っ込んでくるようになるだけの話だったのだが、これが理性のある中身入りのプレイヤーとなると話が違ってくる。
「あっぶな!?」
「ごめんなさい!これ私何もしない方がいいわね!!」
私を飲み込もうとした黒い靄を、咄嗟に発動させた【衝撃伝達】によって急加速し回避する。
状態異常【狂化】。プレイヤーにそれが付与された場合は、行った攻撃行動の対象がランダムになる……つまりは、フレンドリーファイアが頻発してしまうというパーティプレイには致命的な状態異常となっている。
近接攻撃はまだ良い。
対象がタッチの距離……1〜2m以内から選ばれる為に、近くで戦わない限りは問題ない。
しかしながらグリムや灰被りのような中、遠距離メインのプレイヤーの攻撃は悉く味方へと襲いかかりかける。
その為、基本的にその2人は後衛……それも純生産職のような攻撃には参加しないサポートをメインとして動かねばならなかった。
それ以外の面々も、位置取りを間違えれば味方からの攻撃が飛んでくるかもしれないと、どこかぎこちない動きで戦うこととなっている。
――ただ、1人を除いて。
私が回避した先。
中に入っているAIのレベルが上がっているのか、偶然そこに居たのかは分からないが、霧を纏ったミストヒューマンが私に向かって、手に持っている直剣を振り下ろそうとする。
当然その程度ならば私の展開している霧の刃によって弾く、もしくは受け止めることは可能だろう。
しかしながら【衝撃伝達】によって移動した為に、私の周囲の霧は薄く、それに伴い展開されている霧の刃の数も減ってしまっていた。
……やっば、1落ち目私か!?
そんなことを思った瞬間だった。
「ふふっふふふ!これだよこれぇ!私が求めてたのは圧倒的な物量による制圧戦!相手に攻められるとか性に合わないんだよねぇ!」
私の目の前に2体の白い人影が飛び込んでくる。
それらはミストヒューマンの振り下ろす直剣を直に食らいつつ、相手の纏う霧を
よく見ればそれは、何処かで見たことのあるような、否。
つい最近、今日見たばかりのモノ。
RTBNの扱うホムンクルスだ。
「助かった!けど……ッ」
「問題ない問題ない」
【狂化】が、と言おうとした私の言葉を遮り、RTBNはそのまま指揮者の振るうタクトを握っているかのように、腕を動かす。
すると、私の目の前に居る2体のホムンクルスはそのままミストヒューマンの首を掴み、通常曲がらない方向へとへし折った。
そこに【狂化】の影響はないように見える。
「……どうして……」
「いやまぁ、単純でさぁ?」
ゆっくりと、私の近くに足を進めつつ彼女は言を進める。
「大なり小なり意志があるモノには効く状態異常って、意志がないモノには効かないだけって話なんだよねぇ。確かにモブにも、そして当然私達にも意志はある。AIとか
そこで一度口を閉ざすと、彼女は虚空から新たに白い液体の入った試験管を複数……両手の指の間に挟んでいるから8本だろうか。
それらを地面に叩きつけると同時、中身の白い液体が粘土のように固まり、そして人型へと独りでに成型されていく。
最終的に8体の人型ホムンクルスへと成ったそれらは、RTBNの指を弾く音と共に動き出す。
「ほら、このウェーブはどうにかするから皆とりあえず対策を考えて?流石にこの後もこれは私が美味しすぎるからさぁ?」
まるで悪役のような笑みを浮かべながら彼女は言う。
だが、言っている事はまともだ。
このまま霧兎の対策が出来ないままに次のウェーブへと進んだ場合……新規モブと霧兎の両方の対策に手を取られ、最終的には詰んでしまうだろう。
だからこそ、対策を練る時間が必要だった。その時間を捻出してくれたのは本当にありがたい。
「さ、作戦会議ィ!」
私がそう叫ぶと、RTBN以外の面々が最後方……灰被りとグリムが集まっている場所へと駆けだした。
とりあえず今は、【狂化】をどうにかするのが先決だろう。
それさえどうにかなれば、戦力的にも対応的にも問題はない面々が揃っているのだから。