「再確認しますけど、一撃当てたらその時点で終了でいいんですよね?」
「良いわよ。それに加えて、私は自分の魔術を初級程度でしか使わないし、使う魔術も【黒死斑の靄】だけ。……嘗めてるなんて言わないでよ?」
「言いませんよ。寧ろ合わせてくれていいんですか?って言いたいぐらいですし?」
私は手足を軽く振りながら意味があるのかは分からない準備運動を行っていく。
……正直、戦うとは思わなかったなぁ。
私とグリムは以前プレイしていたVRMMO作品……『World of Abyss』で事あるごとに戦闘を行っていた。
ある街を襲撃したグリムを偶然居合わせた私ともう1人……何故か他人面しているRTBNと共に倒したのが一番初めだっただろうか。
そこから何を思われたのか、所謂粘着厨のようにグリムは私の事を追ってはPKしようとしていた……らしい。正直後から灰被りなどから聞いた話であるために、自身の話と言えどそこまで実感が湧いていないというのも事実だ。
その頃からグリムは同じ靄の魔術を使っていたし、私も【
「一応覚えてるかどうか確認しておきますけど、今までの勝負全てで負けてるのはお分かりで?」
「ふふ、確かにそうね」
グリムが手元のウィンドウを操作し決闘のホストとなって私の方へと招待が送られる。
私は事前に開いていたウィンドウ
お互いがお互いに距離を離し約10メートルほどの間隔を取った後、空中にカウントダウンが表示される。これが0になった瞬間に決闘が開始されるのだろう。
「だからって、
「初心者相手に大人げない……」
「悪いけど、その初心者に全力出して負けた事があるのよねぇ」
軽口のようなものを叩きつつ。
動画サイトで昔見た、徒手空拳の簡易的な構えを取る。
思えばこの森に入ってから蹴りをメインで使ってきたために、まともな武器を持っていなかった。
否、
しかしながら、それを初めから見せておくほど私は優しくないというだけだ。
初心者相手にハンデがありながらも挑んでくる上級者相手に、初めっから自身の手札を全開にしておく必要もないだろうという意味もあるが。
そうこうしているうちにカウントダウンが0になる。
瞬間、空中に『START!』という文字と共に辺り一帯にブザー音が鳴り響いた。
お互いがお互いであると確認するための戦いが、今始まった。
「【黒死斑の靄】」
グリムの初手は分かりやすい。
というよりは彼女にしてみれば、黒い靄以外に使える魔術がないのだから当然だろう。
「ほら来なさいよ」
「全部吸収する靄展開しておいて来なさいっていうのも中々ですね。いやまぁ行くんですけど」
「何よそのにやけ面」
「いえいえ、これがいつも通りですよ?」
私は足に力を入れ、一歩前へと力強く踏み出した。
瞬間、私の足裏から濃い霧が吹きだし始める。
「ッ?!」
「ほら、行きますよー」
魔力によって生成された惑いの霧が、私の足から身体を包むように。
そして薄い霧が漂う境内内に垂れ流されていく。
――――――――――
【
種別:補助
等級:初級
行使:
効果:範囲内に存在する術者を含めた生物に対し、【平衡感覚異常】を付与し続ける魔力の霧を発生させる
【平衡感覚異常】:自身の向いている方向、自身に掛かっている重力感覚が分からなくなる状態異常
――――――――――
何処を向いているのか分からない。
自身がちゃんと走れているのかも分からない。
「アンタ魔術そっちが出来たの?!」
「あはっ、どうでしょうねぇ」
だが足を動かす事は出来る。
前へと足を動かし、あるかどうかも分からない地面を蹴り、そして前へときっと進んでいく。
だが、それでも目に見えるものは存在する。
霧の中で動くものだったり、
……決闘直前に創ったとはいえ、セーフティ無しなのは中々だなぁ。
【平衡感覚異常】なんてものは灰被りから教えられた気を付けるべき状態異常の中にも存在していなかったためにどういう効果をもたらすかは分からなかったものの……だからこそ、意外性を狙えると思い初手に選んだ。
問題があるとすれば、それは。
……この後どうしようかなぁ……。
この後の事を何も考えていなかった事だけだろうか。
以前グリムと別作品で戦った時の【黒死斑の靄】は、魔力を含んだ物を生死物問わずに吸収し広がっていくものだった。
当時は無駄に石を投げつけたり、無理に加速させた杭を叩き込んでひき潰したりと馬鹿な事をしたわけだが……現在、そんな事が出来るわけもない。
だからこそ、狙うべきは一瞬の隙。
足元に【
「よし、ミッション開始だ」
久方ぶりにその言葉を口から出すと、自然と口元が緩んでいたのに気が付いた。