ガリガリと地面を削る音が聞こえた後に、ガキンという音が連続して響き渡る。
一撃私が入れる毎に、ボスは細剣を数度振るい、そしてそれを避ける為に私は全神経を集中させる。
避けては離れ、地面を『熊手』で不規則に削りながら再度攻撃を仕掛け……そんな行動の繰り返しが続いていく。
……そろそろかな?
繰り返しが十数度程になった時、私は自分が足を運んできた地面へと視線をちらと向けた。
当然、戦闘中に相手から意識を外すことはない。本当に確認程度、しっかりと自分が残してきた軌跡とも言えるモノを見る為だ。
通常、全ての装備には耐久値が存在している。
当然無理な使い方をすれば壊れてしまうし、手入れをしていない場合も同様だ。
私の場合、ほぼ初期から使っている『熊手』を現在まで使えているのは単にメウラという優秀な生産者が居るからだろう。
そんな装備であるが、当然。
地面を削りながら相手と戦っていれば、耐久値は通常よりも多く減っていく。
普通ならば長時間の戦闘を後数度行った所で壊れる事のない『熊手』ではあるが、現状耐久値はほぼほぼ壊れる一歩手前。
地面を削っての突撃を考えれば、後二、三繰り返せば壊れてしまうだろう。
無作為に、我武者羅につけられたかのような地面の傷。
私の愛用している武器の耐久値を大幅に削ってまでつけられたそれは、一見すればただの傷にしか見えない。
しかしながら、ある一定の知識を持った者にはそれは違ったものに見えた。
私が使えるようになってから愛用している技術。出来る事ならば出来る範囲では無数のアプローチを用意してくれる技術。
――魔術言語。
……どうやっても早く終わらせるなら、霧は必要になるんだよ。
『万象虐使の洞窟』というダンジョン内では、気体は霧であろうと毒ガスであろうと関係なく換気という名目ですぐさまどこかへと消えてしまう。
だがその換気能力は絶対なのか?と言われると、私からすれば疑問が残る。
なんせ、私自身が自身の管理するダンジョンで霧を無効化出来ているのだから。
ダンジョンの特性、特徴は何かしらの対策を施す事で、一時的に……もしくは恒常的に無効化出来る可能性が存在する。
だからこそ、これは実験だ。
楽しい楽しい実験だ。
失敗したとしても私にとっては問題なく、相手にとってもそれほど有利にはならないであろう実験だ。
「例は現状1つしかないからね。私が1人でも君を倒せるかもしれない可能性のために、犠牲になってほしいなぁ」
そう言って、体内から何か目に見えぬものを引き出すように。
地面に刻まれた傷達へとMPを通していく。
浸透するように広がっていくそれは色も匂いも何もないものの、私と対峙している彼は悪い物だと、自身を害するものだと感じ取ったのか、私を止めるために動き出した。
しかしながら、一度垂れ流し始めたものは私のHPを全損させない限りは止まらない。
迫りくる骨の細剣を、ボスの身体の動きだけで軌道を見切り最小限の動きだけで避けていく。
大きく避けるというのは簡単だ。ただただ強化された脚力を持って後ろに跳べばいいのだから。
しかしながら狙っている事を考えればそれは出来ない。
そして、その時は訪れた。
イメージするは、内側に捕えた者を逃がさぬ牢を。
「まぁ、今回は言霊使わないんだけどね。『氷牢』とかどう?」
【『言語の魔術書』読了による構築補助を確認しました。『カルマ値』を獲得します】
それと共に地面に流していたMPが解き放たれ、魔術言語が起動する。
薄い青色の光と共にまずは地面から水が湧き、そしてそれらが間欠泉のように私と『酷使の隷属者』の周囲を囲んでいく。大体直径15メートルほどの水で出来た簡易的な決闘場だ。
だがこれは前段階。
本番はこれからだ。
やがて水はその動きを鈍らせていく。
否、芯から凍りつき湧き出た水は巨大な氷の柱へと変わっていく。
吐く息が白く染まっていくのを見ながら、更に足元から、そして天井側からパキパキという音が聞こえてくる。
見れば、薄く、しかしながら私が踏み込んだ程度では壊れない強度の氷が地面に張っている。
天井側は、まるで氷のドームのように薄い氷によって覆われていた。
「うわ、大丈夫?【血狐】凍ったりしないよね」
思った以上の効果を発揮してしまい少しだけ心配になってしまうが問題はないらしい。
『氷牢』に関してはここまでだ。想像していたよりも規模が大きくなってしまったものの、相手をある範囲に捕えるだけのプログラム。
だからこそ、その中で色々と悪さをすることが出来る余裕が存在している。
久方ぶりと感じてしまうほどに、ゆっくりと。
しかしながら確実に、指を狐面へと触れさせ……一気に外側へと何かを引っ張り出すように動かした。
「……成功、だけど失敗でもあるかな。これ」
私の周囲に白い白い霧が出現し……その場に留まった、ように見える。
狐面によってその場に留めるように霧を操作しているものの、その総量は少しずつ減っていっているのも感じてしまう。
しかしながら、急速になくなるようなものでもなく。魔術を発動させるのには問題ない速度だ。
「じゃあ、こっからはそういうことで……【衝撃伝達】、【霧の羽を】ッ!」