「クリスマスって言うと、街中が浮き出し立って色々と美味しいものが出回るよねぇ」
「先輩がそう言うとまた別の意味に聞こえてきますね」
「実際そうだからねぇ……ほら、また来たよバトくん」
【クートゥ】近くの【凍原】。
私はそこでバトルールと共に、あるモブを狩っていた。
「いやぁ、燃えてるねぇ」
「これ大丈夫なんですかね?いやまぁ、ある種のジョークとしてはありなんでしょうけど」
「まぁこうやって実装出来てるから大丈夫なんだろうさ」
本日、リアルでの日付は12月25日。
所謂クリスマス、という奴だ。
それにちなんでなのかどうなのか、Arseareの運営は突発イベントとして25日限定モブをマップ全域に出現するように設定、そしてそれらからは『煤汚れたプレゼントボックス』という、今まで手に入れた素材、もしくは攻略したダンジョンの素材を手に入れることが出来るアイテムがドロップするというのだからプレイヤー達は大騒ぎ。
残しておく旨味が少なく、しかしながら後から「残しておけばよかった……」と後悔したダンジョンの素材が確率でとは言え手に入るのだ。
広域殲滅系攻撃魔術を持っているプレイヤーは重宝され、それでなくとも攻撃に長けたプレイヤーは引っ張りだこ。
かく言う私もゲーム内の知り合い何人からか誘われていたものの、その誘いを全て蹴りこの場で後輩のバトルールと共にその限定モブを狩っていた。
その大きさは成人男性の平均ほど。
クリスマスだからなのか、サンタのような……否、ほぼ間違いなくサンタクロースをモチーフにしているのであろう、赤い衣装を着た老人は鬼のような形相でこちらへと走ってきている。
だがそれだけならまだ現実に居る狂った老人だろう。
このサンタクロースのような何かは……燃えていた。
燃えながら、しかし私達を殺すためにこちらへと近づいてきている。
「よっ、ほっ……うん。熱くない。見た目だけだ」
「よく触れますね」
「嫌でも触らないといけない距離感で戦うからねぇ。それに熱くても何とか出来るしぃー……」
だがそれだけだ。
燃えている。鬼のような形相で近づいてくる。近づいたらその拳で殴ってくる。
しかしながらそれ以外は全く脅威ではない。
寧ろこれならばイニティラビットの方が強いのではないか?と思ってしまう程度には楽な相手だ。
なんせ、私が身体強化系の魔術を使わなくとも簡単に打倒出来ているのだから。
「えぇっとなんだっけ。確かフランスの方で昔こういう火あぶり事件とかがあったんだっけ?」
「そうですね。大聖堂の前の広場で人々が見守る中、サンタの人形が火あぶりにされる事件があったらしいですよ。魔女狩りなんてものがあったのに凄いですよね」
「まぁ人間なんてそんなもんさ。実際、一度異端と大多数に認められればそれを排除するのが人間だろう?同じものだよ」
『燃えるサンタクロース』。
限定モブのそのまんまな名前に笑いそうになりながら、私は中華包丁をその首筋に叩きつけ、そして力任せに切り飛ばし、程なくしてその身体を光の粒子へと変化させる。
通常ならば人間大の生物の首を切り飛ばすなんて芸当は出来ないだろうが、それもこのモブの弱さからか出来てしまう。
ここまでの弱さに少しだけきな臭いものを感じるが、それはそれとして手に入る『煤汚れたプレゼントボックス』の誘惑には勝てないのだから仕方ない。
「いやぁ、今年はこのままゲーム内でクリスマスを越すことになりそうだね」
「このまま何事もなければ、ですけどね」
「あー……やっぱバトくんもそう思う?」
「思わない方が変ですよ。『駆除班』だって動いてるんですから」
「ボス専門の子たちがねぇ……じゃあやっぱり
私がそう言った瞬間だった。
私達の周囲に突如、『燃えるサンタクロース』が複数体出現したかと思えば、その身体が宙へと浮いていく。
それだけならまだ問題は少ない。
何故浮くのかなど疑問はあるものの、複数体に囲まれた程度で詰むような相手ではないからだ。
しかしながら問題はそこではなく。
出現した『燃えるサンタクロース』達の身体に見覚えのある傷がついていた事だろう。
極めつけは、つい先ほど首を切り飛ばして倒し光の粒子へと変わったはずの個体が再度出現し、宙へと上がっていった事。
「バトくん!」
「分かってますよッ!もう周囲に【
「防御系だね、助かるぜ!」
異常でしかないその状況に、私達は背中合わせに固まり、そして周囲を注視する。
何が起きても良いように。
そして私達が対処できる範囲であってくれるように祈りながら。
【『燃えるサンタクロース』の討伐数が一定数を上回りました】
【『燃えるサンタクロース』達の憎悪の念が集まります……】
不穏なログが流れ、状況が変化する。
宙へと浮いた『燃えるサンタクロース』達が突如空中でそれぞれの身体をぶつけ合い……そしてぶつかると同時にお互いがお互いを吸収し、1つの肉塊へと変化していく。
そうして空中に出来た巨大な赤く燃える肉団子は、さらに変化し人型へその形を変えていった。
「……はは、『駆除班』が出張るわけだ。こりゃあボスだねぇ」
「笑い事ですか……一応、知り合いの『駆除班』には連絡いれました。ここからは耐久ですね」
「耐久かぁ……苦手な部類だなぁ。【
「了解です」
やがてしっかりと成形されたそれは、十字架に磔にされた男のように見えた。
【特殊イベントボスが出現しました】
【ボス:『磔刑の聖夫』】
【ボス撃退戦を開始します:参加人数2人】
そこでようやく、ボス戦開始のシステムログが流れ。
このクリスマスという日限定の本当のイベントが幕を開けたのだった。
後日談として。
『磔刑の聖夫』は比較的簡単に倒すことが出来た。
ドロップしたアイテムは『煤汚れたプレゼントボックス』の上位互換である、自身の手に入れた、もしくは攻略したダンジョンの素材の中から好きに1つを選択し得る事が出来る『聖夫のプレゼントボックス』が複数個。
しかしながら、1回倒してしまうとその後数時間ほど時間をおかないと再出現しない、という制限が設けられていたため、そこまで数を狩ることが出来なかった。
それでも途中から臨時で『駆除班』のパーティに入れてもらったため、他のプレイヤーよりは狩る事が出来ただろう。
大型イベントまでそう時間はない。
手に入れた素材でどこまで自分を強化できるか楽しみだ――って何だいバトくん。
何を書いているかって?そりゃ日記さ。
え?……おいおい中々言うじゃあないか。これ便利なんだぜ?
なんたって念じるだけでペンが動いて内容を……ってあぁ!?
バカ!ここまで書かなくていい!いや考えるな私!
……日記はここで途切れている……