分かった事。
それは、どうしたって私はフィッシュの速度には追いつけないということだ。
一回目、フィッシュが私の背後に出現し蹴りを叩き込んだ時。
二回目、真正面から行った私の横に出現し頭を押さえこんだ時。
前者はまだ仕方ないかもしれないが、二回目は動きの開始自体が見えなかった。
動きの始まり、どの動物でも、例えそれが非生物であっても存在するものだ。
人間ならば、先に筋肉が動き、結果として身体が動く。
動物にしたってそうだ。視線が動き、筋肉が動き、そして表面の皮膚が動き、身体全体の動きになる。
これが無ければ、相手の動きはコマ落ちのように瞬間的に行われるものとなる。
つまりそれは、
「……こっちが相手の動きに追いつき、対処する事が出来なくなる」
無論、そんなものが見えていなくとも対処する事は可能だろう。
戦闘の経験さえ積んでいれば、それは勘として、経験に基づく答えとして体を動かし対処出来るだろう。
だが、そんな芸当が出来るほど私は経験を積んでいるわけではない。
だからこそ、フィッシュの動きに、その速度に追いつく事が出来ないと判断した。
「いいね、考えてるねぇ。考えるのは良い事だぜ、若人。私はどうしたってそれが苦手でね。全部が全部フィーリングで済ませようとしてしまうんだ」
「だから言葉で教えるよりも、身体に教え込む、何て方法をとるんですよねー……」
「あは、そうさ。でも君もどっちかって言ったら『こっち』側だと、私は思うなぁ」
にや、と笑う彼女に私は苦笑を返す。
間違ってはいない。
私も理屈を考えるよりは身体を実際に動かす方が得意だし……変に考えて失敗した事なんて数え切れない程経験している。
だからこそ、
「まぁ、1つ創りましょうか。魔術」
「お、良いね。今この場で創ったモノで私が捉えられるなら、是非見せてくれよ?」
煽るように、というよりも実際に煽りながら。
彼女は私がどんな魔術を創るのか興味深そうにこちらを見ている。
まるで見世物になったような気分ではあるが……まぁ、いいだろう。
【創魔】を発動させ、所持している素材アイテムの一覧を表示させる。
基本的に私が持っているのは『惑い霧の森』産の物に加え、最近踏破してきたダンジョンの物ばかりだ。
当然、その中には確認しようと思い放置していた物も存在している。
……あー、『祟霧の結晶』とかあったなぁ。
辻神、『駆除班』騒動の時に手に入れた『祟』と名のついた素材群。
結局詳細を確認しようしようと思っていたものの、結局確認せずにここまで来てしまったものだ。
今考えると、これこそカルマ値に関係するアイテムか何かではないのだろうか。
「……でもまぁ、今は違うね」
私が創ろうと思う魔術に、今はそれらは必要ない。
というか、使う時はどちらかと言えばあの森の巨大な狐を頼った方がいいだろう。
今回選ぶ素材は『霧鼠の霧発器官』と『霧鮫の牙』の2つ。
どちらも『惑い霧の森』をのんびり歩いていれば手に入るポピュラーな素材だ。
【霧術】の魔導書を選び、そのまま『詳細』に魔術の設定を行っていく。
今回作るのは補助魔術。といっても、用途的には攻撃魔術に近いものになるのではないだろうか。
選んだ素材の内、『霧鮫の牙』の方は特に何か変な効果を持っているわけではない、ただ鋭いだけの牙だ。
しかしながら、『霧鼠の霧発器官』の方は少し特殊な一面を持っている。
元々、この素材をドロップするミストラットというモブは『1体見かけたら30匹は居ると思え』なんて言われるほど数が多い……否、数が
彼らはプレイヤーに襲い掛かる時や外敵から身を守る時、自身の身体から霧を発生させ、自分と全く同じ大きさの霧の鼠を作り出す。
私の使う【霧狐】に近いものだが、彼らが一度に出現させる分身の数は30を優に超える。
そのため、ある種気を付けるべきモブだと掲示板などで注意喚起がされていたりするのだ。……まぁ、霧の操作が出来る私にとっては勝手に1体で突っ込んできてくれる美味しいモブなのだが。
『起動方法』はとりあえず『発声』を。
『効果』に関しては……どれが正解になるか分からなかったため、パッと目についた【
全てを確認し、そして最後の確認を承諾すると。
私の新たな魔術が誕生した。
「出来たかい?」
「えぇ。詳細確認するんでもうちょっと待ってください」
「良いぜ良いぜ。そういうのはしっかり確認しないと」
フィッシュがこちらの様子を見て魔術が創り終わったことを察し話しかけてくるが、私は新しく作った魔術の詳細の方に目を奪われていた。
手放しに強いとは言えない。しかしながら、私ならばそれを『強い』と言わせる事が出来る。
詳細を読み、理解した私の感想はそんなものだった。
「お?もういいの?」
「えぇ、必要な事は読めましたし……これ1つだけでどうにかできるとは思ってないんで、これを使った戦術を考えないといけないし?」
「あは、じゃあ休憩終わりにしてやろうか!」
フィッシュが少し離れ、そして適当に構える。
それを見て、私は『熊手』を取り出し……自分の顔の横に着けている狐面に指を触れさせた。