結局の所、自分は力量不足である。
私はそう結論付けた。
前衛としても中衛としても、どの戦闘スタイルを見ても知り合い達の方が一歩先を行く。
勿論、そんな知り合い達よりも優れていると思える点は存在するが、それを加味した上でまだ『足りない』のだ。
「で、アリアドネちゃんは私の所に来たってわけだ」
「まぁフィッシュさんが1番近接戦闘強かった印象がありますし」
場所は始まりの街、イニティ。
目の前には赤黒いモッズコートを羽織り、その下に薄手のシャツとホットパンツという動き易さを重視した狼獣人の女性が、私に薄い笑いを浮かべていた。
「でも本当に私で良いのかい?こう言っちゃなんだけど、灰被りちゃんの方が魔術を絡めた近接戦闘得意だぜ?」
「あー……いえ、確かに魔術を行使するって部分ならそうなんですけど」
フィッシュの言う通り、魔術を絡めた上での近接戦は彼女よりも灰被りの方が上手い。
しかしそれは、
「あの人の戦い方って、肉体を使って攻撃するってよりも魔術主体で戦うものなんですよ」
魔術師が前衛で、敵と近い位置で戦う事に特化したスタイルとでも言えば良いだろうか。
確かにArseareという、魔術をある程度自由に創ることが出来る環境だからこその戦闘法だ。
だがそれは私とは似ているようでまるで違う戦い方でもある。
「あは、確かにそれなら私の方が適任か」
「そういうことです」
噴水広場から街の外へと移動しながら、私達は雑談のような確認を続ける。
とは言っても、ついこの間攻略したダンジョンの話や、【クートゥ】にて起こった話を私が彼女に聞かせているだけなのだが。
「でもさぁ、良いの?」
「何がです?」
【始まりの平原】、それも周りにプレイヤーやイニティラビットが居ない場所まで辿り着いた時に、ぽつりとフィッシュは笑みを含んだ言葉を漏らした。
隣を見れば、彼女は何処かから立派な中華包丁を取り出しジャグリングのように空中へと放り投げている。
「私って別段リアルの方で武術とか齧ってるわけでも、こうした方が効率的に良いって考えてるわけでもなくてさ」
いいかい?と1つ確認を挟んでから、
「ただ目的の為に、何度も何度も繰り返した結果こうなったのが私なんだよ。そんな相手に師事して大丈夫?」
パシッと中華包丁を掴み取り、こちらへとその刃先を向けた。
一見、その得物には特に何かの強化魔術が掛かっている様子はなく、フィッシュも同様に魔術を使い己を強化している様子はない。
だが、その言葉と微笑を浮かべた表情は何処か威圧感を感じるものだった。
「大丈夫ですよ。武術やらを習うならそれこそリアルでやった方がいいですし……それよりもフィッシュさんの方がなんというか……しっくりくるんですよね」
「しっくり、か。うん。いいね、そういうのは大事だ。変に馬鹿みたいな理屈を捏ねられるよりも私は好きだぜ」
彼女は中華包丁を下ろし、こちらをただ見据える。
その様子に私はすぐさま『熊手』を取り出し距離を取った。
「じゃあやっていこうか」
「えぇ、よろしくお願いします」
そう言った瞬間、彼女の姿が目の前から消えた。
直後、背中に強い衝撃を感じ前へと弾かれるように飛ばされる。
何とか空中で体勢を立て直しつつ衝撃のあった方向へと視線を向けてみれば、そこには笑みを浮かべたフィッシュの姿があった。
「結局、さ。何かを教えるってのは私には向いてなくてね。いつもバトくんに色々教えてもらってるんだけど――」
一息。
「――こういうのって、身体に対処の仕方を教えた方が手っ取り早いし?私もそれなら戦い続けるだけだから得意なんだよ。うん」
軽く身体を左右に揺らしつつ。
こちらへと緩く笑いかけているものの、こちらを真っすぐ見据える目だけは笑っていなかった。
「ちなみに、どのレベルまでやるつもりで……?」
「んんー、まぁ考えてないけどォ……とりあえず、真正面から私と戦えるくらいじゃない?今まで創った魔術なしで」
「それ結構難題では……?」
「そうでもないぜ?君は元々ついて来れてたし、感覚系強化の魔術は使ってないだろう?」
その問いに頷くと、彼女は笑みを深くする。
何が面白いのだろうか。分からない。分からないが……彼女の中では、私がなんとか出来ると考えているのだろう。
ならば、
「いいですよ、やります。やってやりますよ。それに『今まで』ってわざわざ付けたってことは新しい魔術を創っても良いってことでしょう?」
「あぁ、それで問題なくついて来れるなら」
瞬間、前へと踏み込んだ。
いつものように霧を発生させるでもなく、【衝撃伝達】による力強い速度もなく。
ただアバターの力に任せた獣人の速度をもって、『熊手』を相手に突き刺す為に一歩踏み出した。
策はない。
否、まだないだけだ。考えていないわけではなく、思い付くだけの判断材料が無いだけ。
まずはそれを見つける為に打ち合おうと、私は踏み込んだ。
「うん、いいね。ただ踏み込む。これが出来ないと何も出来ないし?」
だが、その動きは一瞬で潰された。
一歩前に出た瞬間、私の横へとどうやってか移動してきたフィッシュに頭を地面へと押さえ付けられたからだ。
「……容赦ないですね」
「あは、こういうのは加減する方が失礼ってバトくんに言われてるからね」
以前はもう少し何か出来たような気もしないでも無いが、魔術無しだとこんなものかという気持ちもある。
だが、それでも今の一瞬で分かったこともあった。
頭を抑えていた手を退けてもらい、土を払って再度構え直す。
訓練はまだ始まったばかりなのだから。