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Chapter4 - Episode 39


「あぁ、そうだとも。彼らは全て私の同胞。村の仲間達だ。蜃気楼の人狼によって殺され、そして無念の果てに私に全てを託した者たちの成れの果て。今では恨み言しかこちらに話してくれないが……それでも、あの人狼を討つには力を貸してくれる」


言いながら、彼はこちらへと手を向けた。

敵意はなかったものの、彼の周囲に浮く火の玉のおかげで反射的に行動しかけたものの。

何故か身体は動かない。何かの攻撃かと思ったものの、この感覚には身に覚えがあった。

……ムービー処理……ってことはこれ自体このボス戦で必要な場面って事?


分からない事ばかりではある。

なんせこのダンジョンのバックボーンを全くもって知らないから。

調べようともせず、答えのために一直線にここまで来たのだから当然だ。


「じゃあ、私達もその力を借りても?」

「勿論。私は君達に力を貸すためにここに来たのだから」


自嘲ではなく、自信を持った笑みを浮かべ。

こちらへと向かって広げていた手を閉じていく。

瞬間、彼の周囲に浮かんでいた火の玉達が私の方へと……グリムやメウラの方にも飛んでいき、その身体の中へと入っていった。

身体に青白い光が灯り、何やら身体が軽くなったように感じる。


【霊媒師フィリップよりMPの供給が開始されました】

【MPの供給に伴い、【身体強化:特殊】、【鑑定眼:特殊】が付与されました】


――――――――――

Tips:バフ、デバフの【特殊】表記

バフ、デバフは基本的に強度という概念が存在します

低級魔術によるバフ、デバフが簡単に解除・抵抗できるのに対し、中級、上級と上がっていくにつれ、その効果を解除・抵抗出来るかどうかの難度も上昇していきます

その中でも、通常プレイヤーが付与できず、尚且つ解除・抵抗もできない【特殊】なバフ、デバフが世界には存在しています


それらは基本的にはNPCやボスによって付与されるため出会う事自体が珍しいものとなっているため、もしも【特殊】バフを付与してくれるNPCと出会う事が出来たなら、その縁を大事にした方が良いでしょう

――――――――――


久方ぶりに出現したTipsを横目に、私は薄い笑みを浮かべる。

身体強化の方は分かりやすい。今私の身体が軽く、そして一歩前へと踏み出すだけで『偽海市の群狼』のすぐ傍へと移動した事から、それなりの強化がされている事が分かる。

だが、【鑑定眼】という聞いたことがないバフは、私にとって革命的な効果をもたらしていた。


……弱点が分かる、ってのは素晴らしいねッ!

普通、ボスにしろ普通の敵性モブにしろ初見の敵の弱点なんてものは分からない。

あからさまにそれを守っていたり、人型だったら頭部や心臓がありそうな部分という推測でしか動けない。

しかしながら、今の私の視界に映る『偽海市の群狼』の身体には淡い赤い色が、ひび割れたアイコンと共に表示されていた。

試しに近づき、そしてそこへと『熊手』を軽く突き出してみれば『偽海市の群狼』は怯えたように獣の跳躍力で私から逃げていく。


「これが鑑定能力があるかないかの違いねぇ」


どうやら、私が考えていたよりも鑑定能力の有無というのはこのゲームでは重要なものだったらしい。

ステータスの表示以外、特に利点がないと思っていたものがここにきてそのメリットを提示してきたのだ。

【特殊】という強度も関係しているのかもしれないが、それでも目指す理由にはなるだろう。

笑みを浮かべたくもなる。


私の一連の行動に、ぼうっとしていたグリム達も動き出す。

結局の所、まだボス戦は終わっておらず。そして目の前の壮年の男性がボスだという事も思い出したのだろう。

彼らの攻撃もこちらへと飛んできた。

グリムからは黒い龍のような靄の攻撃が。

メウラからは先ほどより威圧感がないものの土の十字架の攻撃が。

どちらも私が避けられるものと踏んだ上で、私を巻き込むような軌道で襲い掛かってくる。


普段の私ならば避けきれないかもしれない。

【衝撃伝達】を使っても間に合わないかもしれない速度でこちらへと飛んできているのだ、当然だろう。

しかしながら今は自分の予想以上に強化されている身体能力だけで避けきれる。視線で追って、『偽海市の群狼』に攻撃を仕掛けて尚余裕が存在している。


『偽海市の群狼』もこのままでは不味いと考えたのだろう。

何やら人のようにも獣のようにも聞こえる声を発しながら、突如何もない空間から複数体の人狼を生み出し私やグリム達の方へと向かわせるものの。


「……【血液強化】」


瞬間的に潰される。

弱点が分かり、それでいて強化を重ねた私に人狼の速度は緩やか過ぎた。

グリム達の方へと向かった人狼達も、黒い靄やゴーレム達によって阻まれ、そして殺されていく。


こちらから逃げ、すぐさま配下の人狼達も殺されていくボスの表情が青く、そして白く変化していくのを見ながらも、私はまた一歩踏み込んでいく。

これまでこちらへとデバフを掛けたり、大量の人狼によって物量作戦を仕掛けてきていたボスなのだ。油断はしない。


自前のバフによって更に強化された私の身体は一歩踏み出すだけでボスの懐まで入り込み、その場で一回転するように身体を捻る。

それと共に足を延ばし、回し蹴りのようにしながらボスの身体へと打撃を叩き込んだ。


いつもはしない空気が破裂するような音に笑いが零れそうになりながら、私は更に攻撃を繋いでいく。

身体の回転に合わせ『熊手』を振るい、相手が我武者羅に振るう腕を掴みメウラ達の攻撃への防御に使う。

時折合間合間に人狼を召喚したり、こちらへと【魔術威力低下】を付与してきているが関係ない。

人間大の大きさの敵との近距離戦闘で、他の相手が入ってこれる隙間なんてものは存在しないし……そもそも近接戦闘に魔術はあまり使わない。


そうして一方的に、そして今までかけた時間が馬鹿らしくなる程簡単に攻撃を加えていった結果。


【ボス遭遇戦をクリアしました】

【『偽海市の群狼』との対話が可能です】

【『偽海市の群狼』を討伐しますか?】


私の目の前には全身青痣や血だらけのボスが這いずっていた。


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