【魔術威力低下】。
初見のデバフではあるものの、その効果がその名称の通りであることは想像に難くない。
それに加え、その効果範囲がかなり広い事も分かっている。
なんせ、私が使っている『魔術』ではなく『魔術言語』によって起こしている現象にもその効果が発揮されているのだから。
……ヘイトは取ってる、けどこの状態だと危ないのはグリム達、かなぁ……?
氷による拘束を抜けた人狼達が私や、フィリップ……グリム達の方へと走り出す。
私の方へと来る人狼達はまだどうにでもなる。
元々私は魔術主体ではなく、自分の身体主体の肉弾戦を得意としているからだ。
しかしながら、グリムはそうではない。
当然ながらフィリップも近接戦闘が出来るようなNPCではないだろう。
人相手ならばなんとかなるかもしれないが、相手は人外である人狼だ。
その鋭い爪で切り裂くように引っ掻くだけで普通の人どころか、私達プレイヤーの肉体までも細切れに出来るだろう。
そんな相手と至近距離で戦えるようならばそもそも私達に守られるように立っているわけがないだろうし。
一応、グリムの魔術は威力が下がったといっても触れるだけでMPとして相手を吸収する死の靄だ。
今も数体の人狼達がその靄の中にいるグリムやフィリップ達を狙い腕を振り下ろすものの……数秒のタイムラグの後、その腕自体が消えていく。
【魔術威力低下】による影響はMPへの変換時間に出ているようだが……それでもあれならばグリム達は大丈夫だろう。
メウラの方はと言えば、ボスのデバフによってゴーレムたちの強度が下がったのか、こちらに目線だけの詫びを投げかけながら、更にゴーレムを生産させていた。
仕方ないことだし、私がやったことがトリガーになったのだろうから謝る必要はないのだが……それでもだ。
「……うん、まぁやれるかなッ!」
味方達の状況は確認し終わった。
それと同時に前方から襲い掛かってきた複数体の人狼達の攻撃を受けないように気を付けながら、紙一重で横に避けていく。
膂力が違う相手の攻撃をまともに受けようとしてはいけない。
いつものように【衝撃伝達】などを使えるならば別だろうが、それでも逸らすなど真正面から受けるような事はしない。
だからこそ、
「逃げながら倒す!これしかない!」
口に出す事だけならば簡単だが、実際やろうとしている事は中々に難しい。
自分よりも移動速度も攻撃能力も高い複数の敵を近接戦闘の距離感で倒していかないといけないのだから。
普通ならば絶体絶命。物語の主人公であろうが諦めてもいいといわれる程度のものだろう。
だが、私は1度既にこのゲーム内で似たような出来事を体験している。
それを生き残っている。
だからこそ、この場でも同じように生き残り、勝ちを掴み取るだけ。
思い出すは、一番最初……『惑い霧の森』でボスエリアを防衛した時の事。
あの時私の装備はオーダーメイドと言ってもそこまでいい物ではなかったし、もちろん習得している魔術も今より少なく、尚且つ練度も低かった。
そんな中でフィッシュやバトルールという助っ人もいたものの、大量の敵を退け、白の大蛇までもを仕留めたのだ。
それに比べれば、今目の前で私に向かって飛び掛かってこようとしている人狼達は倒しやすい。
なんせ、攻撃方法が引っ掻くか噛みつく、蹴りを入れるの3種類しかないのだから。
飛び掛かってきた人狼を避け、その身に浅く『熊手』によって傷をつける。
刃は入る。異常に硬いということもなく、獣のように毛や皮下脂肪によってこちらの刃の勢いが妨げられるという事もない。
その事実に笑いながら、私の背後から近寄ってきた人狼側へとバックステップで自ら近づき、回し蹴りの要領で身体を回しつつ声をあげる。
「【衝撃伝達】」
『ガッ?!』
瞬間、私の身体……その中でも普通の人にはない、狐の尻尾の部分に魔力が集まり。
身体の回転と共に人狼にそれが触れた瞬間、横に向かってその身体が吹っ飛んだ。
威力が下がったといっても、衝撃波を直に喰らえばただでは済まない。
……普段使ってなかったけど、やっぱり狐なんだから尻尾も使っていかないとね。
ちなみに狐耳に関しては使う使わない以前に、そもそもとして意識せずともそれを使って索敵してしまっている。
そのため、私の目が敵を捉えていなくても息遣いやちょっとした音によって敵の位置自体は把握できているのだ。
膂力はない。だが、狐の獣人という特異な出自は持っている。
人にはできない敵の位置の把握。
妖精にはできない身の使い方。
それらを十全にこなし、周囲から迫ってくる人狼達を相手取っていく。
引っ掻きを避け、一刺し。
噛みつきを避け、殴りつけ。
蹴りを避け、止めを刺す。
たまにこちらの呼吸を乱すように変則的な動きをする人狼もいるものの、基本的には相手にならない。
膂力があるだけで勝てるならば、オリンピックは全員ボディビルダーのような姿をした選手ばかりになるだろうし、実際にそうなっていない以上、体の使い方やそれ以外のテクニックによって勝負は変わる。
暫くそんな戦闘の仕方をしていれば、
「あれ、もう終わり?」
気が付けば、周りにいた人狼達は全て光となって天へと昇っていっていた。
出来るなら最初からやれ、と言われそうだが……出来るからといってやりたい方法ではないのだ。仕方ない。
誰だって一撃喰らえば死ぬような戦闘をしたくない。それだけの事だ。
息を一つ吐き、メウラの方へと視線を向ける。
こちらの成し遂げた事に多少の驚きを返してくるものの、彼はいい笑顔でこちらへとサムズアップした。
準備が、出来たのだ。