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Chapter4 - Episode 35


戦闘技術、というものは簡単に習得できるものではない。

英雄と人々が呼称するような化け物でも、その強さの裏には技術を身に着けるための長い長い習練期間……所謂、修行パートがあったわけだ。

しかしながら、その修行パートは英雄だけにあるものではない。

英雄に蹴散らされる一般兵達にもそれは存在する。


寧ろ、一般兵達の方が英雄よりも過酷な訓練を自らに課している場合も多いのだ。

英雄と違い、個人で持てる力に天井が決まっている一般兵は、力を合わせる。

力を合わせて強敵英雄に匹敵する力を発揮するためだ。

個人個人の戦闘技術の習得に加え、集団行動のスキルまでも求められる。

これを日々欠かさず、そして来るべき日に備えている。

修行パートと言わずしてなんというのか。


「『水』……『冷却』、『繰り返し』」


そして、その修行パートというのは英雄や一般兵だけでなく、一般人である私にも存在している。

小さく呟きながら、私は霧をいつも以上に繊細に、そして素早く動かしながらMPを垂れ流す。

練習だ。

私は普段、自身が動きながら戦い、そしてその中で補助をメインに魔術言語を扱っている。

だからこそ、現状のように魔術言語をメインに据えての戦闘をほぼ行ってこなかった。


1度どこかのオカマ相手にやった記憶もあるものの、アレは無効試合だ。

魔術も使っていたし、どちらかというと【ラクエウス】が頑張っていたから。

話を戻そう。


遅延戦闘、と一口に言っても千差万別だ。

相手の息切れを狙うために戦闘を遅延させたり。

先に行く味方のために出来る限り強敵の足を停滞させるためのものだったり。

しかしながら今回私が行うのは例に挙げたものではなく、援軍を待つために敵の足止めをするというタイプのもの。

その援軍……メウラのゴーレムたちもそう時間を掛けずに生成されていくだろう。


時間的には長くて10分。メウラが頑張れば5分を切る程度。

私がやるべきは目の前のボスとどこからともなくわき続けてくる人狼達の足止めと、私にヘイトを向けさせるという2つの事柄だけ。

考えてみれば楽なものだ。


「さらに『水』、『霧化』、『拡散』」


ボスである『偽■■の■狼』……名前が欠けているため、何かしらのギミックがあるであろう巨大な元村長はその場から動かず、歌のような咆哮をその大きな口から垂れ流し続けている。

それに伴い人狼達が出現しているため早めに口を閉じさせた方がいいのかもしれない。

……まぁ、人狼が湧くのとこの歌声っぽいのが関係してるのかは……分からないけど。

関係しておらず、ステージギミック的に湧いて出てきている場合はどうしようもない。

その場合は霧を広範囲に広げ、出てきた瞬間に氷漬けにするのが手っ取り早いだろう。


「よし、出来た」


そんなことを考えながら。

私は周囲に大量の霧を発生させつつ、その中に触れた相手が凍ってしまう魔術言語を配置し終えた。

こうしている今も人狼が新たに出現し、そして霧に突っ込んでは凍っていっているため中々余裕はなかったりするのだが。


……広範囲の足止めとしてはこれが一番、だけどその分MPの消費も激しいかな。

インベントリ内からMP回復用のポーションを取り出し飲み干しながら、私は冷静に考える。

今はこれでいい。MP効率はまぁまぁ悪いがパーティプレイ中なのだからMPの回復も行えるし、フォローしてもらえれば休む暇もあるのだから。

しかしながらこれをソロプレイ……1人の時に使えるかと言われると……難しいだろう。


「MP確保用の装備か何かが欲しいなぁ……グリムさんの魔術みたいなのが欲しい……」


理想はグリムの魔術のデメリットがないものだろう。

だがそんなものを作ろうとしても、それらしい性質を持った素材を見つけた事はない。

もしかしたら今現在いる『土漠』にはそういう特性のダンジョンがあったりするのかもしれないが……それを探すにしてもこのボス戦を終わってからだろう。


……一応、凍らせてみるか……。

メウラの方をちら、と見てみると歯を食いしばりながらゴーレムを大量生産している姿が見えたため苦笑しながら。

私は霧を『偽■■の■狼』の開いている口の方へと集めていく。

勿論その霧の中には先ほどから人狼達を氷漬けにしている魔術言語を忍ばせながら。


特に人狼達から邪魔をされず。

それでいて『偽■■の■狼』が何かしらの行動を示すこともなく。

霧はそのままイヌ科特有の長いマズルまで到達し、


「――発動」


瞬間。私は声を挙げ、『偽■■の■狼』のマズルに触れた霧へとMPを流した。

その時だった。


『RuRuRu――AhAhAh……ッ!』


鼻先から凍っていく中、『偽■■の■狼』の歌声のような咆哮が突如変わる。

鼻歌のようだったそれが、今度は腹式呼吸を用いたものに変化したように、声に力が伴った。

それによって生じた変化は声の力強さだけではなかった。


……!霧の中の人狼達が動き始めた・・・・・?!

氷漬けにされていて、身動きを取ることができないはずの人狼達。

それらが一斉に動き、そして凍り、また一歩動いていく。

氷を砕く音が聞こえると共に、グリムの困惑したような声が聞こえてきた。


「ちょっと、デバフ型?!」


その声に釣られ、視界のテキストログを追ってみると。

そこには【魔術威力低下】という、魔術師しかいないこの世界では最悪の部類のデバフが追加されていた。

理由は1つしか思い当たらない。

……藪蛇だったか……!


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