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Chapter4 - Episode 34


瞬間。私の身体は動かなくなってしまう。指一本も動かせず、村長の目の前で完全に静止してしまった。

徐々に人型から別の何かに変貌を遂げていく村長に何かをされたのかと思ったものの、私の視界上には特に新たにデバフが追加されたわけではない。

久方ぶりではあるものの、この感覚には覚えがある。

そう、ゲーム的、システム的処理だ。

……ムービー処理……!

ゲームであるが故の処理が、今私をピンチに追い込んだ。


――――――――――――――――――――


男の身体は大きく、そして異形の形に変わっていく。

異常に発達した四肢にはどこか夜を思わせるような濡羽色のが生え揃っていき。

顔はイヌ科のようにマズルが伸びていった。


『……RuRuRu……』


歌うように、その口から漏れた音のような鳴き声が裁判所の中に響き渡る。

瞬間。変化した男の近くにいた村人たちが悲鳴をあげながら頭を押さえ……そして、変化していく。

その姿は広場で見た人狼達のそれへと変わっていってしまう。

変化した男にはなぜ周囲の村人たちが変化したのかは分からない。分からないが……変化した者が自身の味方であるということだけは分かっていた。


そして、巨大な瞳は相対する者達をじろりと嘗めるように一瞥する。

目の前にいる狐の狩人の女。

その少し後ろに霊媒師の男と狩人の女。

そしてその後ろにいる、焦った顔をしている狩人の男。


倒さなければならない。

倒してこちらの正当性を認めさせねばならない。

変化していないということは、味方ではないということ。

味方ではないということは、現在村を襲う厄災側……つまりは排除すべき者だということ。


男は分からない。

今現在村を襲う厄災……人狼がどこにいるのかも分からない。

日に日に増えていく人狼による被害を抑える術も思いつかなければ、今こうして自分達の事を悪者扱いする霊媒師の男のことも分からない。

だからこそ、分かることだけを精一杯こなすのだ。


――――――――――――――――――――


【ダンジョンボスを発見しました】


【ダンジョンボスを発見しま偽した】

【ボス:『偽■■の■狼』】

【ボス遭遇戦を開始します:参加人数3人 NPC参加1人】


身体の制御が戻る。

それと同時に私はその場で足を踏み鳴らし、【衝撃伝達】を発動させながら一気にバックステップを行った。

流石にボスの目の前に1人、無防備な状態で棒立ちしているのは危なすぎる。

危険が危ないとかいう奴だ。


「グリムさん!」

「分かってるわ、フィリップには危険がないようにしておくからそっちはそっちでやりなさい」


衝撃波によって一気にグリム達の傍まで下がった私の声に、グリムは魔術を発動させながら答える。

彼女の魔術はその攻撃性の高さに目が行くものの、その本質は触れたモノを全て魔力に還す防御能力だ。

彼女自身の身体を守るのは勿論の事、パーティプレイやNPCが絡むタイプの戦闘でも彼女の魔術は活躍することができる。

フィリップは自身の身体の近くに突如出現した黒い靄に一瞬びっくりしていたものの、それが害を為すものでないと分かると、油断なく巨大な人狼と化した村長だった男を鋭い目で見据えた。


私も釣られてそちらを見るものの、ボスではなくその周囲の取り巻き人狼達がこちらへと向かって走ってきているのを見て『熊手』を構え直した。

フィリップの守りをグリムに任せている以上、私が出来る限りヘイトを背負って戦闘を行わなければならない。

ボスはこちらを静かに見据えるだけでまだ行動する様子がない。

ならば私が最初にする行動は、


「――【挑発】」


瞬間。フィリップ達の方へと向かっていた人狼達の視線が全て私へと向いた。

それと共に、グリム、メウラ、そしてフィリップの身体が淡い光を放つ。

ダメージ増加効果が入ったのだろう。

……この間にメウラが準備を終わらせてくれればいいけれど。

その時間を稼ぐのは私のみだ。


「うん、仲間はいるけどこういう戦いも久しぶりだなぁ」


人狼だけならば特に問題はない。

問題があるとすれば動かない村長だったボス人狼だ。名前が中途半端に隠されているアレに襲われるのだけは避けておきたいし、そもそも準備も名前が分からないというのは何かしらのギミックが存在している可能性が高い。

少し前に戦ったウスバカゲロウのようなものだろうか、と思いつつ私は周囲に霧をさらに展開した。

私の周囲だけが【惑い霧の森】のように濃い霧で覆われる中、そこへ恐れもせず人狼達は突っ込み、


「折角の人型なんだから少しは考えて霧の中に入っておいでよ」


その全てが前方方向へとつんのめるようにして倒れた。

HPが全損し光へと変わっていくわけではない。単純にバランスを崩し倒れたのだ。

しかしながら、人狼達は立ち上がる事が出来ない。

その理由は、


「うん、やっぱり3単語以内ならすぐに生成できるようになってる。便利ではあるけど怖いなぁ……」


魔術言語。

いつものように霧を使い、そして魔力MPを流し発動させたその現象は今まで私が使ってきた魔術言語で引き起こしたものよりも控えめなものだ。

ただ『水を生成』し、人狼達が『踏んだ瞬間に』それらを『凍らせた』だけの事。

難しい事はしていないし、魔術言語を勉強し始めたばかりのプレイヤーでも出来る程度の簡単な構成だ。

構築の速さ、発動の速さは魔術書を読了した結果が出ているのだろうが。


「さて、ここから遅延戦闘開始だよ。突っ込むだけが私じゃないってのを見せてあげるよ」


言葉が分かるか分からないが、私はボスへと向かって笑いかけた。


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