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Chapter4 - Episode 8


「また来るよ」

「またのお越しをお待ちしております」


こちらへと一礼する司書に対し、軽く手を振りながら図書館から宿への帰路へとつく。

結論だけを言うならば……私の言語野は浸食されずに済み、ついでにシギル魔術の理解も深まった。

入門書、応用書と混沌云々の違いも理解することが出来たのは収穫だろう。


……理解しやすい方には、危険な……他人に影響を及ぼすシギルは載っていなかった。これが一番分かりやすい違いだね。

やはり、というよりは妥当だろう。

誰もが理解しやすい本に他人を害する方法を載せるというのはメリットよりもデメリットの方が大きくなってしまう事が多い。

しかしながら、誰もが理解し辛い……それこそ、同好の士でなければまともに集中力が続かないような本ならば……まぁ、良いと考えられたのだろう。

問題はそのどちらもが同じ棚に収められていた点だが。


「多分、アレは分かっててあそこにおいてるんだろうなぁ……プレイヤーの目標が目標だし?」


そもそもとして、あの図書館でプレイヤー以外と思われる存在は司書以外に見たことはない。

もしかしたら私の利用していない時間帯にはいるのかもしれないが、それでも長時間利用した今回1人も見なかったのは少しだけ疑問が残る。


しかしながら、図書館という場所がNPCではなくプレイヤーに向けたものであるのならば。

あの本の配置が意図されたものであるのならば納得することは出来る。

それこそ、私も含めてではあるが……こんなゲームArseareをプレイしているプレイヤーなんて厨二病を過去現在のどちらかに患っているのだから。


人は自分の事でないのならば、とことん非情になることが出来る生き物だ。

所謂Schaden他人の不幸はfreude蜜の味というもの。

科学的にも証明されているそんな本性を持つ人が、あんな誰かの黒歴史を読まないなんて事はほぼありえない。

だからこそ、興味を持った人間が手に取りやすいような場所にあんなものを配置する。見つけてしまえば絶対に1度は手に取ってしまうから。


このゲームの目的は『魔の頂へと至る』こと。

その目的を考えるのならば、混沌云々はシギル魔術においてこれ以上ない『教本』だ。

書き方や表現が腕を掻き毟りたくなるようなものでも、それは変わらない。


「ってのは考えすぎかなぁ。まぁ結局ゲーム内のプレイヤー全ての目標がそれなだけであって、なんでそれを目指すのかってのは分かってないし……きちんと背景情報漁れば出てくるのかねぇ」


宿への道中、そんな事を考えながら足を動かす。

実際、私がこのゲームをやる理由は魔術を使いたいという理由ではない。

綺麗な景色を見たかったり、このゲームならではの面白いものを見たかったりと『魔の頂』を目指しているのでは決してない。


「……ま、いいか。多分今後関わってくるんだろうけど、少なくとも今じゃあないしね」


今は新しく手に入れた知識を素直に活かせるように頭を働かせるべきだろう。

思考に余裕があると変な所にまで考えを巡らせてしまうのは私の悪い癖だ。


……とりあえず、使えるシギルをどう作るかは優先的に考えないとなぁ。

思考をシギル魔術へと切り替える。

結局の所、私が混沌云々から学んだシギルを発動させるためには依り代ともいうべき、シギルを刻むための道具が必要となってくる。


一番無難なのは木工で持ち運びできるようなものを作るのが一番だろう。

私の見た目に合わせるのならば御守りなんかが良いのではないだろうか。

中に入れる内符にシギルを刻み、それを持ち歩く。


「となると、問題はその御守りの外側を作ってくれる人が居るかどうかって所かな……」

「あら、何の御話かしら?」

「いえ、御守りの外側の袋を作ってくれる人が知り合いにいたかなぁと思いまし、て……ってグリムさん?」

「久しぶりね、アリアドネ。元気してた?」


声のした方向へと顔を向けると、そこには悪戯に成功したかのような笑みを浮かべているグリムの姿があった。

彼女と出会うのは……かれこれイベントぶりだろうか。


「お久しぶりです。元気も元気でしたよ。グリムさんは?」

「私も元気だったわ。……というか、貴女よくここまで辿り着けたわね?ここの環境って貴女の使う魔術と相性も悪いし、準エリアボスもいたでしょう?」

「あぁ、それはですね――」


宿に移動する私についてくるような形でグリムがこちらへと近寄ってきたため、そのまま私は移動しながら会話を続ける。

【クートゥ】へ辿り着くまでの道中に何が起こったのか、私が図書館でシギル魔術の勉強をしていたなどという事を、当たり障りのない雑談を交えながら。


そんな話をし終わった後。

グリムは少し考えこむように顎に手を寄せ、数瞬後にまたも悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を開いた。


「……なるほどねぇ。あ、手数を増やしたいなら丁度いいわ」

「なんです?」

「アリアドネ、貴女……言霊って知ってるかしら?」

「言霊……ですか?いやまぁ言葉としては知ってますけど、ここでそう言うって事は違いますよね?」

「えぇ、違うわ。私が言っているのはこのゲームArseareにおける言霊よ」


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