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Chapter3 - Episode 34


「――『雑氷ぞうひょう』」


静かに呟いたその一言は、すぐさま形となって霧の立ち込める土漠の上に現れた。

氷が雑ざる……そんな意味を込めて付けた名は、読み方の所為か大分格好悪くなってしまったものの。

霧の中で発生した現象は思った以上に素晴らしい光景を私に見せてくれた。


「?!」


キザイアの周囲から突如大量の水と、それらの一部を凍り付かせる冷気が噴出する。

ただ出現するだけではなく、意思があるかのように動き出し渦となる。

渦の中には私がそうなるようにと組み込んだ複数の氷塊が、丸太のような形で流れていく。

……形は失敗かな。でも動き自体は問題なし。


見れば私のMPは残り1割を切っていた。

【創魔】によってシステム的に使いやすく習得した魔術ではないためか、MPの消費が激しい。

私はインベントリ内からMP回復用のアイテムを取り出し使用しながら、キザイアの動きを警戒する。

結局の所、キザイアに転移魔術を使われてしまえばこの魔術言語は不発に終わるものの……だが、それすらも考えに入れた上で組み立てたのが『雑氷』だ。


先程、私の水責めを転移によって逃げ出したキザイアの周囲には水が出現していた。

私の使っていた『水の生成』は落とし穴の上からしか起動していないし、キザイアの転移した場所に都合よく魔術言語を配置していたわけでもない。

と、なると……考えられるのは、キザイアの転移魔術は自身だけではなく一定範囲の周囲の物も一緒に転移するような効果なのだろう。


水責めは単純に落とし穴の中に水を注ぎこんでいただけ。

つまりはほぼ指向性もなく、攻撃性もあまりない窒息狙いの攻撃だ。

だからこそ、水と共に転移したところで転移した先に危険がなければ水はそのまま地面へと落ちる。

自分の周囲だけならば溺れるような量を転移させずに済むため、それで逃れることができた。

まぁ、現実には転移した先にトラバサミがあるという運のない結果となったわけだが。


しかしながら『雑氷』は違う。

『大量生成』された水が、『渦化』によって渦を作り出す。

その中には『氷の生成』を主とした魔術言語によって生成された丸太状の氷塊が流れに乗りながら、その流れのままに襲い掛かってくる。

もしもこれを避けようと、渦の中から逃げ出そうと転移魔術を使えば……最悪の場合、氷塊と共に転移し、渦から出たと同時に氷塊によってHPを大幅に減らされるだろう。

しかしながら逃げ出さなくてもそれは同じ。その確率が上がるか否かの2択でしかない。


トラバサミに噛まれた足をどうにかすることが出来れば、落とし穴から突風を使って出ようとした時のように逃げる事も可能だったろう。しかしながらそれは叶わず、そのままキザイアの身は渦の中に捕らわれた。

渦の中で口を開き、両手を広げ、影の触腕を私の足元に出現させるものの。

その動きが見えている私には避ける事なんて簡単だった。


徐々に徐々に水の中に居るキザイアの表情が変わっていく。

最初は憤慨したような怒りの表情だったものが、焦ったような表情に変わる。

それもそうだろう。

今もキザイアの身体には丸太のような氷塊がぶつかりHPが減っていく。

それに加え、水の中……エラなど、水中で呼吸できるような種族ならば兎も角、キザイアはそのような事が出来そうな種族には見えない。そのため、水中に居続ける事は出来ず……やがて、酸素不足で窒息状態へと至る。


詳しくは私もなったことがないため知らないが、灰被りによれば中々にHPの減りが大きく……そして仮想現実で痛みなどはないものの、特有の不快感があるらしい。

そしてまさしく今、キザイアはその不快感を感じているのだろう。


……あぁ、まぁそうするよねぇ。

キザイアは選択した。転移して、その不快感から逃げるという選択を。

そして先程から運が悪いとしか言いようがない彼は……ここでもその運の悪さを発揮する。


幸い、彼の転移した先の地面にはトラバサミも落とし穴も存在していなかった。

それに加え、丸太状の氷塊も転移先についてくることはなかった。

ただ、転移した先……目と鼻の先に触腕から逃れるために移動していた私が居ただけだ。

にっこりと笑っている私が。


「こんにちは」

「クッッソがァ!!」


動揺したのか、それとも余裕がなかったのか。

その時キザイアが何を思ったのかは分からないが、彼は魔術の行使ではなく殴りかかるという行動を選択した。

刃先による攻撃で、私に対して物理攻撃が効きにくい……或いは全く効かないというのが分かっていたはずなのに。


その後の展開は、イベントで散々見た通りのものだった。

私の纏っている【血狐】が拳を受け止め、その腕を伝いキザイアの顔面に辿り着き。

そして口や鼻、耳から体内に侵入し……内部からその身体を破壊する。

身体の中に入り込んでしまっているため、魔術によってどうにかしようにも自らの身体自体を一度吹き飛ばさなければ【血狐】の全てを取り除くことは出来ないだろう。

みるみるうちに顔色が変わり、そしてキザイアは仰向けに倒れ……光となって消えていく。


『Battle Finish!』

『Winner アリアドネ』


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