だが笑ってばかりもいられない。
先程キザイアが見せた転移魔術のクールタイムも、その発動条件、そしてどこに転移出来るのかが分からない以上、落とし穴に落ちている今攻撃するしかない。
まさかこんなに簡単に落ちるとは思ってもみなかったため、急いで魔術言語を霧で成形していく。
落とし穴に落ちて、一番警戒すべきことは何か。
色々と前提条件……落ちても危険ではなかったり、高さ的にも低かったりと色々とつくものの……私は落とし穴の上、それを掘った者の動きを警戒するだろう。
それこそ、落ちた先からすぐさま横穴を掘って直下から離脱することが出来るならまだいいだろう。
しかしながらそんな事が出来るのは限られた一部の人間だけであり、大抵の人間にはそんなことは出来ない。
だからこそ、周りではなく唯一外界と繋がっている上を警戒するのだ。
水を注がれ、出られないように蓋をされてしまえばいずれ溺死の未来が。
重量のあるものを延々と落とされれば圧死の未来が。
それ以外にも毒物など、人命を脅かすものならばなんでもありだろう。
そんな中で私は水を選ぶ。
私は取得している魔術の系統からか、それとも装備しているアイテムからか、水に関係する魔術言語を成立させるまでに掛かる時間が他よりもずっと早い。
イベントで使っていた『水球の生成・射出』など、2つの魔術言語を組み合わせているのにも関わらず、教本に載っていた初心者用の『火を熾す』よりも早く成立させることが出来てしまう。
だからこそ、スピードが要るこの場面で水を選ぶことにした。
……特別な付属効果はいらない。ただただ大量の水を生成すればいいだけ。それなら今すぐにでもできる。
『水を生成する』という魔術言語を、MPを流さない形で成形していく。
この魔術言語は、一度にそこまでの量の水を生成できないものの、MPを注ぎ続ければその間ずっと水を生成し続けるという、キャンプで水が欲しくなった時に便利な魔術言語だ。『火を熾す』と共に使うだけで、何もない所からお湯を生み出すこともできてしまう。
それを1つ成形するのには1秒も掛からない。
恐らく『白霧の狐面』や装備の効果によって、霧を操る速度が上がっているからだろう。
全力で霧を操り、キザイアが出てこない短い間を使い大量にそれを作り上げていく。
2秒経った。
10個ほど横に並べる事が出来た。
その間にキザイアが落ちたと思われる落とし穴の近くへと近づく。
さらに3秒経った。
合計30個の『水を生成する』魔術言語を落とし穴の淵に並べる事が出来た。
キザイアは何やら落とし穴の下で喚いている。突風の魔術を使って落とし穴の下から無理やりに浮いて出ようとしているようだ。
そして合計10秒経った。
倍の60個の『水を生成する』魔術言語を整列させ、一気に魔力を流した。
水が、1つ1つはそこまでの量ではない水が、60もの砲門から放たれる。
瞬間、ダメージを喰らう形で突風を発生させ、その勢いで落とし穴から出ようとしたキザイアと水がぶつかった。
キザイアの操る風の勢いはかなりのものだ。
それこそ【血狐】を1度で消し飛ばしたり【ラクエウス】の霧の槍を掻き消したりと、その応用の幅も多岐に渡る。
そしてそれを使って人を飛ばすことくらいは多少のダメージはあるものの出来なくはない芸当なのだろう。
現に今、キザイア自身がそうやって落とし穴から脱出しようとしているのだから。
だが、それも風の流れを遮るものがない場合に限る。
下へ、落とし穴の底へと向かって流れ落ちる水は上へと向かって移動しようとするキザイアとぶつかり、その身体を飲み込んで勢いを削いでいく。
それに加え、水の流れによって下へ下へと流されていき……最終的には再度、落とし穴の底へと落とされたようだった。
そこまで把握できたものの、決闘は終わらないし私自身終わったとは思っていない。
キザイアは途中から抵抗をやめ、水の流れに身を任せ落とし穴の底へと再度落ちて行った。
だが、散々人を煽りちらし、初対面の相手の急所を死角から狙おうとする相手がこんな事で簡単に諦めるとは思えなかった。
「【血狐】」
今も影を蓋するように形状を変化させている【血狐】を鎧のように身体に纏う。
……単純に時間を掛けすぎたなぁ。
何かしらの手段によって出てこようとするとは思っていたものの、ここでも何処か甘く見ていたのだろう。
キザイアの風の勢いがあそこまで強いとは思っていなかったために、水責めに時間が掛かり……結果。
「バァカがよォ!殺すッ!」
「馬鹿はそっちでしょ、頭に血が完全に昇ってんじゃん」
私の斜め後ろ辺りから突然、キザイアの声と共に大量の水音が聞こえてくる。
例の転移魔術のクールタイムが終わってしまったのだろう。
何故大量の水と一緒に転移してきたのかは分からないが……だが、まだ私に有利な戦況は変わらない。
ガチン!という大きな音が聞こえ、私が振り向くと。
そこには左足をトラバサミに噛まれているキザイアの姿があった。