……馬鹿になろう。
だからこそ、私はこの場面でいい意味での考えなしになる。
考えても仕方がないのだから、自分が出来る事以外に考えるのはやめた方がいいと判断した。
まぁ、だからと言って頭の隅で本当にこれでいいのか?と自らに問い続ける声は止まらないのだが。
今も人面影鼠が襲い掛かってきているが、うざったい程度の効果しかないそれを払いながら。
私は初手として、キザイアを注視する。
そこでふと、周囲を見渡していたキザイアと目が合った気がした。
こちらが見えていないはずのキザイアが獰猛な笑みを浮かべ、両手を広げながら口を開く。
「――そこね?」
「【ラクエウス】ッ!」
私は叫びながらその場から横に跳ぶ。
瞬間、私が居た位置に人面影鼠と共に黒い半透明のイカの触腕のようなものが複数飛び出して来た。
それと共に発動した私の魔術……キザイアの周囲に発生した霧の槍は発射されると同時に、キザイアの周囲に存在する不可視の何かによって散らされてしまった。
キザイアはこちらの姿がどこにいるのか、はっきりと見えているわけではない。
これは確実な情報だ。
なんせ、たった今攻撃してきたにも関わらず、見当違いな方向を見据えているのだから。
そしてこちらの何かの行動が、キザイアの索敵のトリガーになっている事も仮設として立てることができた。
勿論、間違っている可能性はあるだろう。
今もキザイアは私の位置が分かっていて、私を油断させるためだけに一芝居打っている可能性だってあり得る。だが、それならば私が周囲に罠を設置していた時に今のように突然攻撃してきてもよかったはずだ。
だってそちらの方が自分の退路が無くなる前に私にダメージを与える事が出来る可能性があったのだから。
……声、というか音関係じゃあないかな。
声で反応するのならば、やはり罠を設置している時に攻撃されていておかしくはない。
同じように、移動する音などを拾っているわけではないだろう。
それならば音が止まった位置に攻撃すればいいのだから、もっと早く攻撃してきてもおかしくないし、そもそもとして人面影鼠に対応するために多少なりとも音を出してしまっている。
では、何が……と思いつつ。
とりあえずで霧の濃度をあげ、『惑い霧の森』の中のように『白霧の狐面』やメウラが使った霧の中を見通せるような魔術がない限りは目で見通せない空間を意図的に作り出す。
……索敵系じゃなく、それこそ特定のモノを見通す魔術?いや、それだったら私対策……というよりはピンポイントすぎる。
可能性としてはありえなくはないが、それでも音と同じように今の今まで直接本人が攻撃してこなかった理由にはならないだろう。
それこそ、見えているのならば今この瞬間にでも私の死角から刃先が飛び出してきてもおかしくはないのだから。
『ヂュッヂュッ!』
「あぁもう、うざったい……」
性懲りもなく頭を回転させ始めた私を邪魔するかのように、影から人面影鼠が出現し襲い掛かってくる。
思えばこの鼠は私の位置を伝えている様子もないし、一定間隔で攻撃を行ってくるだけの魔導生成物だ。
一瞬、この鼠がどうやってかキザイアに私の位置を教えているかもしれない……と考えたものの。
そもそもキザイアが制御してるようには見えないこの鼠がそこまで知的に作戦をこなせるとも思えない。
「ほらぁ!出てきなさいよォ!霧なんて発生させてても意味ないわよ!」
……出ていくわけないじゃん、阿呆。
キザイアが叫ぶ。
どうやら一度霧の中から私を見つけることができたからなのかテンションが高いようだった。
流石にそんな相手の前にホイホイ出ていくような馬鹿ではないし、先程何故見つかったのかも分かっていないのに出ていけるわけもない。
一度この場から離れようと、キザイアの様子を伺いながら足を踏み鳴らし【衝撃伝達】を発動させた。
「そこか」
瞬間、キザイアはぐりんと擬音が付きそうな速さで私の方へと顔を向け両手を広げる。
先程と同じ動作。咄嗟に地を蹴り同じように横に跳ぶと、やはりと言っては何だが影色の触腕が地面から突き出るように出現しているのが見えた。
……もしかして、『見られながら魔術を発動される』ことが条件だったりする?
【ラクエウス】を直接キザイアに向けて発動した時と、今さっきの類似点。
それはどちらもキザイアを見ながら魔術を発動したという点だ。
罠を設置するのに、キザイアは視界に入れる必要はない。
いや周辺視野などで視界には入ってくるが、中心にキザイアを据える必要はない。
だからこそ、今まで索敵魔術が発動していなかったとしたら?
思えば、【血狐】の時も似たように突然居場所が分かったかのように反応していた。
もしかしたら違う索敵魔術かもしれないが、ここの条件を探っていくのは勝つために必要だろう。
元々急ぐような戦いではない。
キザイアは違うかもしれないが、私はリアルでの後の予定がないためじっくりと確かめながら戦う事が出来るのだから。