「……ッ」
「チッ」
開始と共に私がした行動はとても単純で、その場から後方に向かって転がるように距離を取ることだった。
そしてその判断は合っていたのだろう。
舌打ちが聞こえると共に、先程まで私の首があった位置に先程首に突き刺され掛けたのと同じように刃だけが虚空から伸びていた。
十中八九、キザイアの攻撃魔術だろう。
声による宣言を行っていない事から、恐らくは【動作行使】による発動。
しかしながらその起点となるモーションをしている様子が全くないというのはどういうことだろうか。
……立ち止まって戦うのは不利になるだけかな。
一息。
そのまま戦うよりは走り回っていた方がいいだろう。
そう考え、私は走りつつもインベントリ内から煙管を取り出して口に咥える。
瞬間霧が発生し始めるが、それを操ることはしない。
「煙ィ?何かの魔術の触媒かしらッ!」
一見すると煙にも見えなくないそれらを、キザイアは手を翳すことで突風を発生させ掻き消していく。
それを見て舌打ちしそうになるものの、だがしかしそれでいいとも考える。
私自身も認めているが、そもそもとしてキザイアと私では実力に差が存在している。
それこそ、彼……彼女?がモーション無しに魔術を行使していることもそうだが、第3エリアという現状では攻略最前線ともいえる場所をソロで行動できるだけの実力を持っている相手だ。
同じダンジョンの敵や、ちまちまと魔術の強化を行っている私とは強さの度合いが違う。
だが勝てないわけではない。
ジャイアントキリングなんて大層な言葉を使うつもりは欠片もないが、相手がプレイヤー……同じ人間ならば同じシステムに縛られているはずなのだ。
だからこそ、しっかりHPを削ることが出来るならば倒すことが出来る。
勝つことが出来る。
「この、ちょこまかと……!【ジェイキン】!」
ノーモーション発動の魔術による攻撃が当たらないのを苛ついたのか、彼女は新しい魔術を発動させた。
彼女の太い足の間から、地面が盛り上がるように……影から何かが出現する。
小さく、しかしながら異様な形をした頭を持つそれは、事前にキザイア・メイスンという架空の魔女について聞いた時に聞いた鼠の特徴と酷似していた。
人面鼠。しかしながら、その全身は薄黒く何処か透けているように見えた。
……うちの【血狐】や【霧狐】と似たような魔術かな。でも多分……性能は【血狐】寄りだろうなぁ。ここで発動するって事は。
ぼんやりとそう考えながら、私は『白霧の狐面』に触れ足を止める事なく煙管から発生し続ける霧よりも濃いものを追加で発生させていく。
一気に私の戦いやすいフィールドを作るために、キザイアが発生させる風に負けない速度で霧を大量に生成しては広がりすぎないように操作する。
私の身体はすぐに霧に包まれキザイアからは見えなくなるとは思うが……恐らく【ジェイキン】という人面鼠から逃れるには使えないだろう。
【血狐】もそうだが、魔導生成物と呼ばれるモノ達は独自の索敵能力を大なり小なり備えているらしい。
それこそ能力を攻撃性に割り振っている【血狐】さえも、『蝕み罠の遺跡』で簡易的な罠感知魔術と化していたくらいだ。
『ヂュッ!』
「あッぶな……!」
キザイアを中心に円を描くように走っている私の足元の影が突然盛り上がったかと思えば、そこから弾丸のように鼠が飛び出してきたため、咄嗟に前に跳ぶ事で避ける。
【ジェイキン】を構成しているのは影で間違いはないのだろう。
見れば、先程までキザイアの足の間に居た人面鼠の姿が無くなっている。影から影への転移能力でもあるのだろうか。
霧の中、それもキザイアは私がどこに居るのか分かっていないのか、周囲をキョロキョロと見渡しているため、彼女によるターゲティングではないだろう。
という事は、独自の索敵能力、もしくは近くの影に転移するなんていう能力を持っているのかもしれない。
虚空から生える刃と言い、この人面鼠といい予期せぬ位置から攻撃するのが好きなようだ。
相手にするには面倒だが、味方にすると中々頼りになりそうだ。……まぁ仲間になることなんてありえないが。
「【血狐】」
流石に攻撃されているだけでは決闘は終わらない。
私はHPを削りながら、血の狐を出現させ霧に紛れる形でキザイアを襲うように指示を出す。
普通のプレイヤー……それこそ、イベントでのフィッシュのようなプレイヤーならば近づくだけで必殺となる少し強すぎるのでは?と思ってしまう魔術。
しかしながらどうやってか、キザイアは背後に迫りその首を狙った【血狐】に対して突風を発生させる魔術を使う事で吹き飛ばしてしまった。
物理的な攻撃ではないために、【血狐】の持つ物理攻撃に対する耐性も効果を発揮せずにそのHPを大きく減らしてしまう。
「嘗めてんの?似たようなボスとは何度も戦ってんのよこっちはよォ!」
「……そういや『駆除班』だったっけ。並みな攻撃じゃ対応されるよねぇそりゃあ」
一見するとただ立っているようにしか見えないキザイアも、もしかすると目に見えない形で索敵魔術や身体強化系の魔術を発動させている可能性がある。
そして、それらを用いる事で私の【血狐】の接近を感知、対応したのだろう。
これで倒れるとは思っていなかったものの、一撃くらいは喰らわせる事が出来ると思っていた私は、キザイアに対して考えていた脅威度をもう1段階……大体灰被りと同程度まで引き上げた。
どうやらどこかで相手を嘗めていたのは私の方だったらしい。
それは反省しなければならない。