ヘイトをとっているフィッシュが駆ける。
彼女に伝えた通り、『祟霧の遺狐』の纏う黒い何か……グリムの使う魔術を思い出すそれは、詳しい性質は分かっていないものの、物理的な攻撃を受け止めることが出来ることだけは分かっている。
だがそれを気にしていないのか、それとも突破出来る隠し玉でも持っているのか、彼女はいつも通りにナイフを取り出した。
ぼぅ、とそれを見ていると隣からタタンという足を鳴らす音が聞こえ……氷の茨がフィッシュの後を追うように出現する。
灰被りの攻撃魔術、突き刺し破裂し相手を壊す氷の茨が神社の境内の地面を壊しながら進んでいく。
しかしながらその茨も、黒い何かによって堰き止められ、狐に届くことはなかった。
「あぁっ!私達が直した境内が!」
「えっ、あっ、すいません」
「あっ、いえ、その大丈夫です、多分」
目の前で直した物を壊されていったため思わず声をあげてしまったものの、どうせここで幾ら戦っても後で直すことは……多分、出来るのだ。
なら今はこの悲しい気持ちに目を瞑った方がいいだろう。
それよりも今は戦闘だ。
前方では『祟霧の遺狐』の元へと辿り着いたフィッシュが両手に持ったナイフでガキンガキンという音を鳴らしながら黒い何かに攻撃を続けていた。
その行為に、黒い何かを突破する方法はなかったのかと一瞬思いかけ、それを自分で否定する。
彼女の握るナイフにうっすらと青いオーラが纏わりついているのが見えたからだ。
それも、黒い何かに触れる度にそのオーラが濃くなっていくのが見え、濃くなるにつれ彼女のナイフを振るう速度や力が強くなっていくのが目に見えて分かった。
恐らくアレが彼女の隠し玉、黒い何かを突破出来るのであろう何かなのだろう。
だが、黒い何かを突破出来るようになるまで待つつもりは無い。
私は灰被りのように足を鳴らし、【衝撃伝達】を発動させ地を蹴って加速した。
目指すはあの巨大な狐の大きな口。
私くらいならば丸っと呑み込んでしまえるくらいには大きな口だ。
あの時、最初に1人で『白霧の森狐』と戦った時とは大分状況は異なる。
それこそ、今も目の前ではフィッシュが『祟霧の遺狐』のヘイトを奪っているし、私の急な加速に少し驚いていた風の灰被りが中距離から援護のように氷の花弁を飛ばしている。
後ろにいるメウラとバトルールは散々防衛戦で見たゴーレムを使った移動式砲台を作っているらしく、それらが行う砲撃の音が広い境内内に響き渡っていた。
そして、相手である『祟霧の遺狐』。
あの時や劣化ボスとして出会うモノとは違い、霧ではない何かを纏い、そして苦しむように声をあげる巨大な狐の事を私はしっかりと見据えて突っ込んでいく。
『――――――ッ!!』
「……【ラクエウス】」
黒い何かがこちらへと集まってこようとしたのを確認してから、私は魔術の発動を宣言する。
発動するは注視した相手に霧の槍か、罠を生成する霧の魔術。
こちらへと顔を向けていない『祟霧の遺狐』の身体の周囲に発生した霧の槍は、その身体を貫こうとするものの。
その内のほとんどは黒い何かによって防がれてしまう。
そして数少ない防がれなかった霧の槍も、その身体に掠るような形で避けられてしまった。
……あれは……?
その内の1本が、狐の頬ともいえる場所に掠り顔に付けられている布の一部を巻き込む形で通り抜けていく。
瞬間、大したダメージも受けていないはずの『祟霧の遺狐』の体勢ががくんと崩れ、布の奥に隠されていた瞳が見えた。
偶然かもしれない。
しかしながら、その瞳は私を見るなり笑うように細められた。
それと共に、狐の口は大きく開く。
まるで声もなく、こちらへと来いとでもいうように。
その隙を見逃さずに他の面々が攻撃するものの、攻撃は黒い何かによって防がれる。
私の身体は今も加速しており、その口に向かって突き進んでいる。
直進すればそのまま口の中に入ってしまう。丸呑みルートだ。
回避することは出来る。【衝撃伝達】をもう一度使えば強引なコース変更程度なら行える。
それに、相手自ら口を開け、誰かを招き入れようとするなんて……正直狙っていたものの、罠としか思えない。
だが、だからこそ。
面白いと思ってしまう自分もこの場には存在していた。
「そういう事なら、悦んで進んでやろうじゃないッ!」
地を更に蹴り、ぐんと前へ力強く進む。
誰かの制止するような声が聞こえたような気がしたものの、私はその大きく開かれた口の中へと入り込んだ。
生臭い匂いと共に、私の視界は薄暗いピンク色で覆われる。
このまま立ち止まっていても仕方ないと、ぶよぶよとした口の中を真っ直ぐ進み、前回も通った道を進んでいく。
前回と同じならば、この先には胃袋が存在し……今回は『熊手』を外に落としてきたままのため、『熊手』無しでこの腹の中から脱出しなければならない。
だが私は戻らずに前へと足を動かしていった。
まるで、前回の戦闘を1つ1つ辿っていくように。