突如アリジゴクが動きを止めたかと思えば、その身体が震え始める。
その行動に少しばかり戸惑ったものの、チャンスと思い攻撃を行ってみるものの……ダメージを与えられている様子はない。
それどころか【血液感染】によって与えている【感染症】のダメージに関しても入っていないように見える。
灰被りの氷の花弁や炎の花弁による遠距離攻撃も命中するものの、ダメージが入っていないことから恐らく今は何も出来ない状態……所謂無敵と言う奴にでもなっているのだろう。
後ろにいる灰被りと視線を交らわせ、確認をとったあとに私は少し下がり霧で魔術言語を生成していく。
目指す形はイベントでのメウラ相手に使ったスコール、その勢いを少し弱めた上で持続能力を向上させた雨乞い系。
やはりどうしても『天日照らす』という特性による【脱水】付与を気にしないといけない、というのは面倒なもので。探索中はまだ余裕があったものの、流石にボス戦に近しいものになってくると水分を補給している暇もない。
ならば太陽自体を隠してしまえばいいではないか、という単純な思考だ。
私が魔術言語を生成していくと同時、私の隣まで来た灰被りは同じように砂を成形させることで魔術言語を生成していく。
こちらはと言えば……『足場生成』、『範囲拡張』などを意味する言語が見えるため、アリジゴクの存在している穴を埋めようとしてくれているのだろう。
そうして私達が魔術言語を揃って生成していると、アリジゴクに更に変化が起こった。
巨大な頭、その後ろ辺りから半透明の翅が生え始めたのだ。
否、生えたというよりは、中から飛び出してきたというのが正しいか。
それ以外にも、アリジゴクの身体からどんどんに何かが皮を脱ぐように飛び出してきた。
【ダンジョンボスを発見しました】
【ボス:『陽砂縛の蜉蝣』】
【ボス遭遇戦を開始します:参加人数2人】
それはトンボによく似た形をしていた。
細長い身体、丸い頭に、最初に見えた半透明の翅が4つ。
ウスバカゲロウ……アリジゴクが成虫となった時の姿がそこに居た。
「灰被りさん!」
「大丈夫です、行けます」
「了解、こっちも発動させます」
その姿が見えたと同時に流れた通知を横目で確認しつつ、私達は生成していた魔術言語にMPを流す。
瞬間、2つの変化が起こった。
1つ、緩やかに雨が降り出し徐々にその勢いを強め、太陽の陽を遮り始めた。
2つ、アリジゴクの抜け殻が存在する穴が、徐々に岩によって塞がっていく。
『陽砂縛の蜉蝣』はといえば、雨の降っている空に飛び上がりこちらを見下ろしているが、それはまぁ良いだろう。
寧ろ先程よりも戦いやすいと思ってしまったほどだ。
HP量自体はアリジゴクの方から受け継いでいるのか、残りは3割。
【血液感染】のデバフ自体は成長と共に消えてしまったのか無くなっているものの、再度命中させれば問題はない。
だが今までのようにその場から動かないのではなく、自由に動けるように、そして空を飛べるようになったからこそ、それを成すのは難しいといえば難しいだろう。
しかしながら、それは対空手段に乏しい場合に限る場合のみだ。
「【霧の羽を】ッ」
私は先程と同じように、しかしながら違う魔術を叫び発動する。
瞬間、『陽砂縛の蜉蝣』の複眼全てに非実体の羽が出現し……折角翅が生え、空へと舞い上がったその身体を地面へと落下させた。
……空飛んでるのは大体同じ挙動なのかな……?
ミストイーグルの時も【霧の羽を】によって視覚妨害を施した瞬間、空から落下した。その経験があったからこそ使ってみたのだが……どうやら対処としては正解だったようで、落下と同時にそのHPを少し減らしていた。
藻掻くように細い足を動かしている姿は少しばかり滑稽に見える。
私と灰被りはそんな相手に対して一気に近づき、今までは出来なかった近接戦闘を仕掛け始める。
【魔力付与】を使い、『熊手』によってその翅を断ち切ろうと振るい。
灰被りは指を鳴らし、地面を踏み鳴らすことで複数の魔術を同時に発動させその身体を拘束、破壊しようとした。
元々順調に進んでいた狩りが、ここにきてその速度を加速させる。
残り3割しか残っておらず、その主な移動方法であったであろう翅を破壊されていった『陽砂縛の蜉蝣』は、その後程なくして地に伏せた。
【ボス撃退戦をクリアしました】
【『陽砂縛の蜉蝣』との対話が可能です】
【『陽砂縛の蜉蝣』を討伐しますか?】
無言で『討伐』を選択し、異論がなかったのか灰被りも同じ選択をする。
瞬間、ぴくぴくと痙攣していた『陽砂縛の蜉蝣』は動きを完全に止め、そのまま光となって消えていった。
【『陽砂蜉蝣の抜け殻』、『陽砂蜉蝣の翅』×2、『陽砂蜉蝣の複眼』、を入手しました】
【レベルが上がりました】
その後すぐに崩壊を始めたダンジョンから抜け出し、私達は初の共同によるダンジョンアタックを終えた。
正直な話……アリジゴク形態の時の方が強かったと思うのは私だけだろうか。