戦闘自体は順調に進む。
私の【血液感染】による継続ダメージや、後衛としての能力も高い灰被りによる攻撃がほぼ常時アリジゴクへと浴びせられているのだ。
ボスだからこその膨大なHPによって何とか保っているものの、普通の敵ならばどちらかが決まった時点でまともに立っている事はほぼ不可能なはずなのだから。
だが、私はそんな中違和感を覚えていた。
特にこれがおかしい、というのは分からない。
しかしながら今回のアリジゴク戦が今までと何か違う事だけは分かった。
だからこそ同じく違和感を抱いているかは分からないが、灰被りにそれだけは共有しようと視線をアリジゴクから移動させようとした瞬間。
私は視界に映ったものに注目した。周囲の景色ではなく、私の視界に存在するゲームのUIと言うべきもの。その通知欄に。
……通知が流れてない……?……ッ!!
私がこれまで挑んできたボスはまだ3種。
その内1種は劣化ボスの為除外するが、他2種に関してはオリジナルと戦って勝利してきた。
そしてそのオリジナルボスとの戦闘は必ず最初に【ボス遭遇戦】を開始する、という通知が流れるはずなのだ。
しかしながら、今回のアリジゴクとの戦闘開始時にムービーは流れたものの、その通知が覚えはないし、通知欄にもそれらしきものはない。
これが意味することと言えば、つまり。
「灰被りさんッ!こいつボスじゃないかもしれない!」
「……ッ!?成程、そういう事ですか!」
それらしい名前が付いているものの、私達の目の前に存在しているこのアリジゴクはボスではない可能性がある。
条件を満たさない限りボス戦通知が流れなかった【万蝕の遺人形】という例も私は知っているため、一応はアリジゴク自体も警戒はするものの、何かが隠れていないか、こちらを伺っていないかを探るため霧の濃度を薄く、そして広く拡散させ、魔術を発動させた。
「【霧狐】、索敵お願い」
自身の目に頼るよりも、霧の中だけならば確実に索敵が出来る【霧狐】に頼った方がいい。
灰被りによる攻撃の勢いが少しずつ緩んでいくと同時、私はアリジゴクを注視する事で【ラクエウス】の発動条件を満たし、発動する。
霧で出来た槍が複数生成され、アリジゴクの身体を貫いていく。
上の口からも、そして身体からも緑色の血を垂れ流すアリジゴクのHPはボスであるため急速には減らないものの、それでも既に十分な量が削れていった。
そろそろ半分……約5割しか残っていない体力を確実に、そして着実に削り取る。
そんな中、索敵から戻ってきた【霧狐】が私の近くに座り込み、首を横に振った。
それが意味する事と言えば……霧の中に他の敵対者はいない、ということ。
馬鹿な、とは言わない。
元々『天日照らす砂漠』というダンジョンでは砂の中に敵性モブが潜伏していたため、霧での索敵はあまり機能していなかったのだ。
それが突然ここにきて満足に機能するとは考えていないし、あくまで保険の意味合いも強かった。
そうなってくると、恐らく同様に別の方法で索敵しているであろう灰被りの方の結果が気になるが……先にやるべき事をやった方がいいだろう。
「【挑発】ッ!」
『――――――!!!』
私が叫び魔術を発動させると共に、アリジゴクの視線がこちらへと釘付けになる。
強制的にヘイトを奪う【挑発】を使った理由は単純で、もし灰被りの方の索敵で何かが引っ掛かっていた場合、そちらへ向かう灰被りへと攻撃させないためだ。
それに、比較的自由に動き回れ、攻撃もそこまでの頻度でしない私の方が、囮には向いている。
私は近くに戻ってきていた【血狐】を身に纏った。
これで不意に物理攻撃が襲ってきても問題はない。
「アリアドネさん!」
「はいはいな!」
「この場に居るのは
「……了解ッ!」
そうして攻撃を避けつつ、デバフを切らさないように攻撃をしていると。
灰被りから索敵結果が伝えられた。
結果は、彼女の方でもこちらの【霧狐】と同じ。
つまり目の前のこのアリジゴクはボスではあるものの、私達側がまだ何かの条件を満たしていないために【ボス遭遇戦】まで至っていないという事になる。
「灰被りさん、アリジゴク型のモブの特徴とか知ってます!?」
「知らないです!一応掲示板でも調べてみましたけど、ここが初見のモブらしいので……!」
「面倒な……!」
【万蝕の遺人形】のように見つけないとボス戦に入らない、というわけではないだろう。
寧ろこの状態でアリジゴクを見つけられていないという判定になっているのならば、それは確実にバグでしかない。
そうなってくると考えられるのはアリジゴク型のモブの特徴に関係するもの。
だがアリジゴク自体が珍しいのか、掲示板にもその特徴が載っていないと来た。
「近接戦が出来ればもうちょっと楽なんだろうけど……面倒だなぁ。【ラクエウス】」
どうしようもなく、私達は目の前の巨大なアリジゴクを攻撃するしかない。
そうして攻撃を集中させHPを削り……その膨大なHPが約3割ほどまで減った瞬間、変化は訪れた。