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Chapter3 - Episode 5


「……来ますかね?」

「明らかに空気の流れが変わったので来るでしょう。どこからがボスエリアだったのか分からないですけど」


周囲の景色に変化は全くない。

灰被りが言うように、少し空気の流れる方向が変わったかな?という程度の変化しかないため、正直本当にここがボスエリアなのかもよく分かっていなかった。

しかしながらある程度進んでいくと、いままで出てきていたモブ達の姿がなく、障害物すら見当たらないだだっ広い砂漠が広がっていくのが分かってしまい、ここが今まで私達が探索していたフィールドではないことが分かってしまう。


そしてその時は突然訪れた。

不意に私の視点が上空に、所謂見下ろし型のTPS視点へと切り替わる。

ボスが登場した時のお約束、ムービー処理だ。


――――――――――――――――――――


『――――!』


燦々と照り付ける太陽。

何者も存在していない砂漠に、突如不協和音が響き渡る。


それと共に、砂漠を歩いていた私達の目の前に突如大きな穴が……所謂蟻地獄と呼ばれる、一度飲み込まれたら昆虫にとっては死を待つしかない穴が開いた。

咄嗟に後ろへと跳び退き様子を見ていると、もう一度不協和音が響き渡り、それが姿を現した。


『――――ッ!』


昆虫然とした身体をして、ギチギチと音を鳴らしながらこちらを威嚇する。

砂を水のように滴らせながら、こちらへと視線を向ける姿はウスバカゲロウの幼虫……アリジゴクだった。

口から流れる唾液のような液体が地面に落ちると共に、ジュゥという音と白く煙を上げながら地面を溶かしているのが分かる。


完全に巨大なアリジゴクはこちらを敵か、それとも餌か何かと認識しているのか、戦う準備を始めている。

どうやら逃がしてはくれないようだ。


――――――――――――――――――――


視点が元に戻り、その瞬間私は後ろへと跳び退いた。

何せ、明らかに喰らったら不味そうな透明な液体が私達に向かって飛んできていたのだから。

隣を見れば灰被りもきちんと避けられたようで、ひとまず最初からダメージを喰らうという初歩的なミスは犯さずに済んだようだ。


一度アリジゴクの姿を見る。

名前は……『陽砂縛の幼蜉蝣』。

どこの怪獣だ?と思うくらいには大きいそれは、大体見えている範囲だけでも一軒家くらいの大きさはあるのではないだろうか?

穴からは動けないのか、それとも動く必要がないのかこちらへと近寄ってくる様子はない。


代わりにこちらから近づく事も出来なさそうで、近づけば巨大な蟻地獄に引っかかりそのままお陀仏となってしまうだろう。

私はこちらを見てくる灰被りに一度視線を向け、頷きが返ってきたのを確認すると同時、複数の魔術を発動させた。


「【血狐】、【血液感染】、【脱兎】」


HPが削られ、目の前に良く分からない禍々しい球が浮かび上がり、敏捷に関係するステータスが増強される。

血の狐がその姿を現し、アリジゴクへと禍々しい球が射出され、私はその場から離脱し始めた。


元々近接戦闘ができなさそうだったらと灰被りと話し合い、その場合の立ち回りを私達は大まかに決めている。

基本的な攻撃は遠距離も近距離も回避も防御も出来る灰被りが務め、それ以外の部分を私が勤める。

といっても、私は回復が出来るわけではないし、ヘイトをとることは出来るがそれも絶対ではない。

では何をするのかと言えば……【血術】の攻撃魔術2種によるじわじわとしたHPの削りが目的だ。


灰被り程に強力な攻撃ではないため、別段対処はしなくとも良さそうに思えるが……隙あらば身体の中に入り込もうとしてくる【血狐】に、命中すると同時に罹ってしまう【感染症】の塊である【血液感染】。

それらを使ってくる私を倒そうとしても、逃げる時にボーナスが掛かる【脱兎】や、場合によっては薄く霧を展開することで発動条件を満たすことが出来る【衝撃伝達】によって、高速に移動し続けるため捕捉しにくい、地味にうざったい相手。

それが私のこの戦闘での役割だった。


……よし、どうせなら。

【血液感染】が命中し、アリジゴクの見えている上半身が赤黒いオーラに包まれるのを確認しながら私は今回あまり仕事が出来ていない『白霧の狐面』に触れる。

一気に霧を引き出し、私の周囲、そして穴の中を満たすように霧を操作し展開させていく。


相手の顔さえ見えていれば灰被りは何とか出来るだろうと信じて、私の攻撃手段を増やしていく。

【血術】2種だけでも十分な攻撃手段にはなるだろうが、やはり注視するだけで遠距離攻撃が行える【ラクエウス】が使えるか否かというのは、かなり違う。

それに、どうやら『天日照らす砂漠』の特性である【脱水】の付与は【血狐】にも適用されてしまうようで、徐々にHPが減り、蒸発していってしまっているのが分かる。

霧の中に避難させてもそれなのだから、あまりこの場で行使すること自体が向かないのだろう。


……こういう時に思い出すのがバトルールさんとメウラのゴーレム砲台なんだから笑えないなぁ。

こちらの姿が見えないからか、乱雑に周囲に撒かれ始めた溶解毒を避けながら私は溜息を吐いた。

長い長いボス戦が始まる。


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