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Chapter2 - Episode 43


灰被りと名乗った女性は上に革鎧を着ていながら、下半身を護るための防具のような物は装着していなかった。

精々が布のズボン程度だろう。

白い手袋をつけ、長いブーツを履いている所には少しばかり共感するところがあるため、出来るのならイベント後に話す機会があればいいなぁと思う。


思考を戦闘に戻そう。

そんな恰好をした灰被りはこちらから距離を取るように足を動かし続けているものの、ある地点で立ち止まり、左手を前に差し出してきた。

指に力を入れ、そして弾く。

瞬間、彼女との距離を詰めていた私の頭上には岩が複数生成され雪崩のように落ちてきた。


「あっぶなぁ……ッ!」


それを横に跳ぶ事で何とか避けながら、更に進もうと前を見ようとした瞬間。

私の耳にはタタン、という軽い音が聞こえてきた。

見れば、彼女の右足が何やらリズムをとるように地面を叩いており……咄嗟に私は【魔力付与】を盾状にして前方の守りを固めた。

……【動作行使】ッ!


次に出現したのは、彼女の立っている場所を中心に広がる氷で出来た茨だ。

周りの物を押しのけるように地面すら抉っていくその茨は、勿論例外なく私の事も排除しようと襲い掛かってくるものの……【魔力付与】によって衝撃だけがこちらへと伝わってきた。

私の身体が軽く浮き、反対側へと吹き飛ばされていく。


そこで攻撃を止めるつもりはないらしく。

私の耳に、再度タタンという軽い音が聞こえてきた。

まともに体勢を直せない私に対して、続いて火で出来た花弁が飛来し襲い掛かってくる。


「容赦ないなぁ!」


『水球の生成・射出』の羊皮紙を取り出し無理矢理MPを流すことで成立させ、灰被りにではなく私に向かってくる花弁に対して水球を射出する。

空中でぶつかったそれらは爆発のような反応を起こしながら、周囲の花弁をも巻き込みつつ水蒸気を発生させた。

しかしそれをじっと見ている余裕なんてものはない。


私はいつもの通りに『白霧の狐面』に触れ、白い霧を周囲に発生させる。

それと共に【衝撃伝達】、【血液強化】を発動させ、今度は魔術無しではなく、一気に加速して彼女との距離を詰める事にした。

ここまでの一連の流れを見る限り、恐らく彼女は後衛型。

近接戦闘用の魔術を持っているかどうかは賭けになるが、一気に距離を詰めて私の得意な戦い方を押し付けてしまいたいという気持ちもあった。


白い水蒸気と、白い霧によって普通の視覚だけでは見通せないようになった闘技場の地面を力を入れて蹴る。

一気に加速し、私の身体は前へと進む。

手には『熊手』を持ち、見通せる霧の中から見通せない水蒸気の中へ、そしてそれを抜け灰被りの元へと辿り着こうとした瞬間、冷静にこちらを見つめ右手をこちらへと突き出している灰被りの姿が私の視界の中心に映った。

……やばっ……。


瞬間、私の足元が普通の土から泥沼へと変化する。

蹴ろうと足を前に出せば踏ん張れずに前のめりになり、その場に倒れ込んでしまった。

そして響くは先程聞いたのと同じ音。


「お疲れ様でした」


その音の中には、小さく灰被りの物と思われる声が混じって聞こえたような気がした。


『Battle Finish!』

『HPをロストしました。待機部屋へと転移させます』


通知が流れる。

私のイベント本戦はこうして呆気なく幕を閉じた。

数瞬後、宿屋の部屋のような待機部屋へと五体満足な状態で転移させられた私は、思わず備え付けのベッドに倒れ込んでしまう。


「……なんだアレぇー……」


使われたのは恐らく4つの攻撃魔術のみ。

いや、最期の1つだけは補助だろうか?


動きを誘導され……恐らく思考も誘導されたかもしれない。

恐らくは事前にしっかりと私の事を調べていたのだろう。

私が近接戦闘が得意な事を知っていたのだろうし、情報として出回っていないものの、状況証拠から私が霧以外の気体を見通せない事を察していたのかもしれない。


つまりは完敗。

目の前を見ずに先しか見てなかった私と、目の前をしっかりと見据え、尚且つしっかりとした魔術の実力を兼ね備えた彼女の差だ。


「不甲斐ないって言えばそうだけど、馬鹿すぎるじゃん私」


悔しいものは悔しい。多少なりとも真剣に挑んでいた勝負事に負けたのだ。

そう思うのは仕方ない。しかしながら、私の顔は悔しさに歪むことはなく。

逆に徐々に口角が上がっていくのが自分でも分かっていた。


試合の内容を思い返し、その非常に綺麗な魔術の組み合わせ、そして戦術の組み立て方。

どれもが私が拙く、それぞれの魔術のワンマンプレイとなりがちな私にとっては理想といってもいいくらいの立ち回りだ。

より一層、彼女と話をしてみたいという気持ちが大きくなっていくのを感じた。


その後、私は本戦参加者用の観客席へと転移させられ、メウラと合流し共にイベントの観戦を始めた。

メウラは私がすぐに負けるとは思っていなかったのか、酷く驚いたような顔をしてどう声を掛けるべきか迷っていたが、私がほぼ気にしていない事が分かると笑いながら共に試合を見始めてくれた。

良い知人を持ったものだ。


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