手慰みに霧を狐面によって発生させながら、運営からの指示を待つ。
どうやら他の予選はまだ続いているようで、そちらの処理に追われているのだろう。
「ふんふんふーん♪」
昔見たCMのBGMを適当に鼻歌で歌いながら、周囲の霧を手元に集めて形を変える。
最初は手乗りサイズの狐に、次は狼、鷲、熊、蛇など、様々な形に変えては霧散させていく。
最終的に霧で出来た狐を数匹、自分の周りをぐるぐる回るように歩かせていると突然声が掛かった。
「……器用ねぇ」
「ふふー……ん?あ、ゴスロリ少女――じゃなかった。黒い気体の人」
「貴女が私の事を心の中で何て呼んでるかはよぉく分かったわ」
びきびきと青筋を浮かべているゴスロリ少女の姿がそこにはあった。
……あぁ、生き残ったんだ。アレから。
どうやらあんなに目立っていたというのに、誰も彼女を見つけることが出来なかったらしい。
もしくは彼女自身の力で復帰して、あそこから生き残っていたのかもしれないが……それにしたって、彼女が残るとは思っていなかったため、少しばかり驚いてしまう。
「あ、一応自己紹介を。アリアドネです、以後お見知りおきを」
「そう。私はグリムよ……よろしくねお姉ちゃん!」
「そういうのもういいんで……」
「チッ」
私に上目遣いで甘ったるい声を出してくるものの、色々と見た後だと残念感が増すだけなので止めていただきたい。
「……ってことで、色々とまだありそうな気がするんですよ」
「確かに……って貴女もう魔術言語マスターしたの?」
「え、まだしてないんですか?アレ結構簡単な法則で出来てる言語ですよ?」
「Tipsすら読んでも欠片も理解出来ないんだけど……」
「それはしっかり本の内容を読んでないからですね。ちゃんと読めば載ってます」
グリムに誘われ、私達2人はその場に座り込んで雑談をしながら運営からの指示を待つことにした。
その内容は、魔術言語について。
聞けば彼女も図書館に行ったことがあるプレイヤーらしく、色々と魔術言語で出来ることを模索中らしい。
先達、というよりは彼女よりも理解度が深い者として、教本を一緒に読みながら彼女の分かっていない部分を教えていく。
だが重要な点については教えない。
例えばどうやって魔術言語を成立させるのかだったり、魔術言語の消し方だったり、魔導書に書かれた魔術言語の書き換えだったり……まだ情報を秘匿しておいてもいいだろうと思われるものは避けながら。
といっても、その中の魔術言語の成立に関してだけは教本に魔術言語で載っているのだが。
つまりはきちんと読めるようになるまでは自分で魔術言語を発動させることは出来ないのだ。
「ふぅん……ちなみにアリアドネは魔術言語を使ってたりするの?」
「えぇ使ってますよ……って言っても攻撃用の魔術言語は準備が間に合わなかったので、ジョーク用に作った物しか持ち込めてないんですけどね」
言いながら、私はインベントリ内から木製の煙管を取り出した。
口に咥え、息と共に魔力を流してやれば霧が紫煙のように周囲へと漂い始めた。
「体に影響が絶対にない雰囲気だけ煙管って感じで。ちなみに中に入ってるのは『霧の発生』っていう魔術言語ですよ。唯一私が準備出来た程度には簡単な言語なので覚えてみます?」
「……いえ、申し訳ないけど遠慮しておくわ。少しばかり霧は苦手なのよ」
「嫌いなんじゃないんですか?あー、いえ、これ霧ばっかり生成してる私が言うと嫌がらせにしか聞こえないですよね、すいません」
「いやいいのよ、貴女の所為じゃないもの。霧は少しばかりトラウマがあって……ってだけだから。霧の中にずっと居られない!ってレベルのものではないから安心して」
そう言った彼女は少しばかり周囲の霧を見渡した後に溜息を吐いた。
その様子に少しだけ居た堪れない気持ちになり、周囲の霧を操作して霧散させていく。
「?何してるの?」
「あぁ……いや。もうここで戦闘もなさそうなので霧は要らないかなって思いまして。ほら、いつまでも霧で真っ白な状態も精神的に悪いでしょう?」
「……ふふ、そうね。ありがとう」
「いえいえ、そんなお礼を言われるような事じゃないですよ」
別段、私は霧に拘っているわけではない。
これは本当の事だ。
色々と……装備、『白霧の狐面』の効果や【霧術】に属する魔術のおかげで霧の中での行動によって霧の中の方が活き活きとしていると言われた事もあるにはあるが、別に霧がなくとも生きてはいけるのだから。
まぁ戦闘で勝てるかはともかくとして。
「さて、もう少し話をしましょうか。例えば狩場の話とかどうです?」
「あぁ良いわね。こちらのオススメを教えるわ。その代わりそっちも教えなさいよ?」
「えぇ、いいですよ。こういう情報は交換してなんぼですからね」
ほほ笑むグリムの顔を見ながら、私は少しだけ頬を緩ませる。
この後、本戦で戦うかもしれないが……この場だけは空気が張り詰めることはなく、穏やかな空気が流れていた。