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Chapter2 - Episode 28


「また霧を……!霧は嫌いなのよ!【黒死斑の靄モラテネラ】ァ!」


徐々に濃さを増していく霧を見て、彼女は叫ぶように魔術の宣言らしき言葉を口にした。

瞬間、彼女の身体から霧に似たような……黒っぽい気体が噴き出し始め、私の生成している霧のように、彼女の周囲に留まった。

……中が見通せない。本当に霧とは別の代物……?


彼女の使った魔術の効果が分からない以上、あの黒っぽい気体に触れるのはよした方がいいだろう。

というか、流石に黒っぽい気体に何の防御手段もない状態で触りたくはない。

試しに【霧狐】を触れさせてみると……触れた部分だけが空中に掻き消え、少しばかり黒っぽい気体の量が増えたように見える。


触れた部分だけ取り込まれたのか、それとも丁度触れたタイミングと増えたタイミングが一緒だったのか。……どちらにしても、あの気体がこちらの霧のように無害なものではないと分かってしまったため、正直言って既にこの場から逃げ出してしまいたくなっている。

だが逃げるにしても、索敵手段を持っているであろうゴブリンのようなモブをどうにかしなければならない……そう考え、私にはどうにか出来る手段があることを思い出した。


【霧狐】を戻らせ、逃げる方向をしっかりと見極めた後に【動作行使】によって【衝撃伝達】を発動させる。

その後、私は大きく息を吸って魔術の宣言を行った。


「【挑発】ッ!」

「ッ?!そっちか……ってちょっと!勝手にどこに行くつもり!?」


瞬間、私の身体から赤い円が周囲へと凄い速度で広がっていくのを見つつ。

私は思いっきり地を蹴ってその場から離脱し始める。

同時に、周囲から人ではない獣達の叫び声が聞こえ始めた。


私の声が聞こえる位置にいた、他プレイヤー達が使役しているモブ達が一斉にこちらへと向かってきているのだろう。

何やら以前『惑い霧の森』でのボスクエストで聞いたようなドドドドドという足音も聞こえてきている。

流石にアレを1人でこなすつもりは毛頭ない。


「さて、ここからどうしようかなぁ……!」


しかしながら、私は【挑発】によって周囲を混乱させた後にどうするか、という事を全く決めていなかった。

逃げる方向程度しか決めておらず、その後の計画なんて何もない。

行き当たりばったりで当たって砕けろの精神……ですらなく、本当に何も考えていなかった。

……そりゃ私やあの子が使ってるくらいだし、他にも使ってる人いるよね!使役系!

脳裏に過る兎事件を、頭を振ることで霧散させながらこの後どうするのかを必死に考える。


選択肢その1、1人で追ってきている使役系モブを全て倒す。

何体かは分からないが、ちらと後ろを確認し見た限り5体は超えている。

その時点で私の処理能力を超えているため却下だ。


選択肢その2、【挑発】の効果が切れるのを待つ。

【挑発】自体の効果説明にはタイムリミットが書かれていなかったはずだ。

そのため、私に向いているヘイトが他の要因によって奪われない限りは向かってくるので却下。


選択肢その3、このまま数が減るまで闘技場内を走り回る。

絶対に途中で横やりを入れてくるプレイヤー達に後ろの使役系のモブ達ごと倒されるのがオチだ。

流石にそんな間抜けにはなりたくないため却下。

既にこの状況が間抜けだが。


では他に、と当てもなく霧の中を走り抜けていくと。

急に私に向かって声が掛かった。


「おっ、アリアドネちゃん居た居た。酷いじゃん、どっか行っちゃうなんてさぁ」

「あっ、あっ、あッ!」

「ん?どうしたのs――「選択肢その4!!!」――はぁ!?」


私に声を掛けてきた人物……フィッシュを飛び越えるように、前方方向に【衝撃伝達】込みで跳ぶ。

呆然としながらこちらを見る彼女の背に向け、『水球の生成・射出』を使う事で少しだけ背中側から私の走ってきた方向へとたたらを踏ませた。


「あはッ、いいじゃん!戦場食卓に言葉はいらな、い……?」

「フィッシュさん!後は任せました!」

「おいちょっと!なんで君こんなところでモブ達に追われてるの!?アリアドネちゃん?!あっコラ!霧に紛れるんじゃあない!!」


咄嗟に思いついた、選択肢その4……私が対処できないなら対処できるプレイヤーフィッシュに処理させる。

所謂モンスタートレインにあたるであろう迷惑行為ではあるが、今この場で行われているのはバトルロイヤル。こんな方法で倒される方が悪い。


「クッソ!こんなのするのなんてバトくん位だと思ってたのにッ!覚えてろよ!!」


背後から何やら様々な獣達の声と共に、金属がぶつかり合う音、そして私への恨み言を叫ぶフィッシュの声が聞こえてきたものの……私はそのまま脚を動かし、その場から離れる事を優先した。

もしフィッシュがあれを生き残り、本戦にまで残ってしまったら……私に向けられるヘイトが尋常じゃない事になりそうだが……まぁこれも仕方ない。

それにあれだけ叫んでいれば、濃霧の中でも他のプレイヤー達に見つかる確率が高くなるだろう。


フィッシュの今後を思い、そっと手を合わせておいた。

……フィッシュさんの分まで、私頑張りますね……!


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