「【衝撃伝達】」
呟き、そして地を蹴って飛ぶように巨大な狐へと向かって進む。
手には『熊手』を構え、視線はその雪のように白い身体から外さないように。
考えているのか、それともそんな機能実装されていないのか。
『白霧の森狐』は、向かってくる私に対して同じように突撃の姿勢をとった。
その巨体の突撃をまともに喰らったら私の身体は一たまりもないのは分かりきっていること。
だが、それでも私は自身の足を止める事なくそのまま突き進む。
一時的に視界だけではなく、それに伴って動きも制限出来る【霧の羽を】は先程使ってしまったためクールタイム中。つまりは真正面から喰らうしかないそれを、それの始まりを私はしっかりと両の目で視る。
――――
狐が一歩右前脚を前に出す。
私はその間に一気に五歩前に進む。
狐が脚に力を入れ加速する。
私は構えているダガーを振り下ろし目の前に迫る狐を睨む。
狐がこちらを喰らおうと、その巨大な顎で噛み砕こうと口を開く。
私は何とか間に合った盾状に展開した【魔力付与】を身体の前に出しその攻撃をわざと喰らう。
――――
「ぁああああ!【衝撃伝達】ッ!!!」
パリンという軽い音と共に、何とか展開する事が出来た盾状の【魔力付与】が割れる。
それと共に強い衝撃が私の身体を襲い、後ろへと投げ出されそうとなるのを無理やり【衝撃伝達】の発動している脚で地を蹴ることによって抑え、前へと身体を傾ける。
何かが外れるような、そして何かが千切れていくよう音が身体の中から聞こえHPが減っていくものの、VR空間のため痛みはない事を活かして前へと進む。
「【魔力付与】、【脱兎】!」
ピンク色、というよりも赤く大きく開いた口の中に、躊躇なく進んでいく。
本当は『白霧の森狐』の発生させた霧をもう一度自身の身体に纏わせて喰らうつもりだったのに、どうしてこうなっているのか。
分からない。分からないが、そんなことを考えている暇があるのならば前に進み、この獣をどうにかすることだけを考えろ。
突撃がいなされたからか、それとも行動後の硬直及び霧の発生を行おうとしているのか動かない狐に対し、私は大きな舌を、そしてその奥にある食道へと走るように進んでいく。
狐の倒し方なんてものは知らない。
精々有名な童話にあやかって倒すのならば、その大きな背中に火を灯してやるのがまともな倒し方だろう。
しかし私の習得魔術にも、所持品にも火を熾せるようなものはなく。おまけにソロとなったらとれる方法というのは限られる。
外で動けるようになった『白霧の森狐』が暴れているのか、それともどんどん身体の中に入っていく私の事を吐きだそうとしているのか地面が天井になったりしているがあまり気にしない。
私の武器は手と脚が逆さになったところであまり関係ないのだから。
「私、言ってることとやってることが全然違うってよく言われるのよ」
誰に言うわけでも、誰に聞かせるわけでもなく言葉を交わす。
身体の中は不思議な事に明るく、何かの灯りを点ける必要がないくらいにはまっすぐ歩くことが出来た。
辿り着いたのは胃袋であろう、刺激臭のする液体が溜まっている場所。
正直私の今着ている装備を作ってくれたメウラには申し訳ないが、もう唾液や色々な体液で既にドロドロになっているのだ。許してくれるだろう。
私はその胃液の中へと入っていき、自分の足がついている方の胃壁に『熊手』を突き立てた。
シューシューという音を立てながら装備や私のHPが少しずつ削れていくが手を止めず、そのまま胃壁に突き立てた『熊手』を大きく横に切り払った。
瞬間、赤い血が胃液に混じって噴き出してくる。
体内に居るからか『白霧の森狐』のHPは確認できないが、それでも体内から攻撃されることに耐えられる相手は少ないだろう。
少なくとも私は現実でも、フィクションでも体内から破壊されて耐えられた相手を見た事はない。
「だからやろうって思った事はきちんと意識して口に出すことで覚えておこうって思ってるの。それ以外に独り言みたいに適当な事言ったりするんだけど……それが怖いのか、知り合いに怖がられることもあるんだけどさぁ」
じわじわと減っていくHPを片目で確認しながら、私は『熊手』を振るう手を止めない。
半透明だった液体が、赤く染まっていくのを見て「これも【創魔】用の素材に使えるのかな」なんて思いつつ。
私は更に【衝撃伝達】を発動させ、斬りつけた部分を蹴ることで破壊活動をより激化させていく。
白い刃が半透明な液体と血の赤で濡れ、私の身体全身は刺激臭がこびりついて今すぐにでもシャワーが浴びたいと思う程度には気持ちが悪い。
だが、こんな攻撃でも効いてはいるのか。『白霧の森狐』の動きが徐々に大人しくなったのか、天地がひっくり返ることが無くなっていった。
胃液から出て休み、そして再度胃液の中に突き進みダガーを突き立てる。
これを繰り返していること暫し。
突然、私の手が何かを突き破ったような感触をとらえ、それと共に胃液が私の手の方へと流れて行くのを感じた。
……もしかして、穴が空いた……?