やがて水っぽい何かが倒れる音がした。
「ふぅー……一本持ってかれたなぁ」
息を吐き、『想真刀』と『死傷続』を消しながら。
素早く周囲に満ちている紫煙と酒気によって、切断された右腕を止血する。
ゆっくりと振り返ると、そこには今も尚、光の粒子になって空へと還っていく修羅の姿があった。
その身体には、大きな一筋の傷が刻まれており……そこからは群青と血色の炎がちらついている。
だが、それ以外にも。
心臓があるであろう身体の中心部近くを、1つの紫煙の刃によって貫かれていた。
『……忘れていた』
「何を?」
『汝がこういう手合いであるという事を。我が何故、怨嗟を抱くまでに至ったかを』
「へぇ。それはそれは……良かったねぇ」
『人斬者』が消えていくと同時、花畑も光の粒子になって消えていく。
周囲の紫煙や酒気を使っていれば、修羅は対応してみせただろう。
届くまでの距離があり、怨念を操れるであろう彼がそれを出来ないはずがない。
しかしながら、今回私が使った紫煙は……何の変哲もない、ただ形を似せて被っているように見せていただけの編笠のモノ。
2種の煙質を使った『共鳴』を目くらましに、本命は目線に近い位置から放たれる心臓への一撃。
それだけを私はこの戦いの最中に狙い続けていた。
『……良かった?』
「うん。……自分が恨んだ理由を忘れられるくらい、熱中出来たんでしょ?私との戦い」
『……成程、確かにそうだ。まだ未熟であろうと、我と打ち合える相手など……久しく相手にしていなかった。……愉しんでいたのだろう。それを』
「だから相手をした私としては、『良かった』って感想しか出てこないわけよ。あと未熟は余計ね?」
『人斬者』が持っていた『想真刀』が完全に光の粒子へと変わり、私の耳飾りへと吸収されていく。
今まで良く使っていたものの、完全体ではなかったという事だろう。
次いで、手に入れて日の浅い『死傷続』が消え、同じ様に吸収された。
『もう長くはない。刀も失った。……少し、寄れ』
「はいよっと」
『……警戒せぬのか?』
「いやぁ、もう戦いは終わったと思ってるしなぁ。それに私、君の事そんなに嫌いじゃないし。寧ろ好きな方だよ。何かを突き詰めてる人って凄いじゃん」
近付いていくと、彼は自身の編笠を……最後に残った装備である『
『我の意志は残らないが……我の怨念は形として、これで遺るはずだ』
「有難く使わせてもらうよ」
『……出来れば、これ以上我と似たような存在を作り出すのはやめておくことだ』
「善処、したいなぁ。うん。善処するよ」
確約できないのは申し訳ないが、どうしても私の戦い方的に恨みを買ってしまう場面は出てくるだろう。
真正面から勝てない相手に正々堂々と戦い続ける事は私には出来ないのだから。
……そもそも、私の持ってるスキルや紫煙外装的に、正々堂々とはかけ離れてるしなぁ。
相手に『酩酊』を与え続けながら、自身は強化し続け、尚且つ全方位からの不意打ちが可能という……自分でも相手にしたくはないスペック。
こんな相手が正々堂々なんて言ってきたら、私だったら絶対に疑い続けるか戦わずに逃げるだろう。
『では、我は逝く』
「あは、お疲れ様。またね」
『……あぁ、また。どこかで』
『人斬者』がそう言った瞬間、私の視界は切り替わる。
光の粒子になって消えていく花畑から、街中の闘技場へと。
「ッ!毎回コレかぁ!?」
切り替わった瞬間、私は目の前へと飛んできていた白と黒の無数の釘を何とか刀で弾く。
その瞬間、右腕が弾け精神世界と同じ様に片腕になったものの……止血自体はすぐに出来るので問題ない。
問題があるとすれば、明らかにこちらが正気に戻ったと分かっているはずなのに攻撃を続けようとしている患猫の方だろう。
「患猫ちゃーん?!私私!戻って来てる!終わったから!」
「う、うるさいわね……今普段じゃ試せないコンボを試してるのよ……!」
「私サンドバッグじゃないんだけどなぁ!」
彼女の身体から立ち昇る怨念と、それに比例するように増えていく怨念の込められた装備達。
それら全てから『想真刀』などのような装備が具現化されていくのを見て、流石に冷や汗が滝のように流れ始める。
何故先程の戦闘よりも圧を感じているのかは分からないが、それを考えるよりは目の前の女性を早く止めるべきだろう。
「ちょ、ちょっとスリーエスくーん!」
「お、おまッ!巻き込むなや嬢ちゃん!」
「君が一番適任じゃん!私よりさぁ!」
それなりに長い間、精神世界で戦っていたからだろう。
闘技場には酒気が満ちており……それを使い、観客席に居たスリーエスの身体を確保。
私と患猫の間に置く形で無理矢理に対処させる事にした。
……ふぅー……終わったんだなぁ。調伏。
長い事頭の片隅にあった出来事が終わり、祭りのような状態にはなっているものの……思い返してみれば、中々楽しいコンテンツだった。
事前説明がなかったのはどうかと思ったが。