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Episode9 - G3


『ぐッ……猛りおってからに!』

「あは、ごめんねぇ。私こっちの方が性に合ってて、さッ!」

『ッ……!』


紫煙駆動による強化、完全に発動しきった【過集中】、HPが減り起動した【背水の陣】、そして紫煙が満ちた事により発動した【紫煙の眼吹】、今も周囲から吸う事で効果時間を誤魔化し続けている『昇華 - 酒呑鬼の煙草』。

それらの多重強化を支える、『死水魔女』シリーズ。

私1人で出来る最大強化、とは言わないものの。最大に近い、現状の天井に手が届く強化を得て私は修羅を攻め立てる。


先程までは弾く事が精一杯だった相手の刀を、逆に弾き押し返し。

一歩踏み込むと同時、足で強く地面を踏み付ける事で大きな音を鳴らしながら、私は刀を荒々しく振るう。

そこに技術なんてものはない。スキルによって軌道や動きが修正されるのを良い事に、ただただ力の限り振り回すだけの子供の癇癪のようなもの。

だが、それを避けるのは簡単ではない。


【選択煙質:【狼煙】】

【選択スキル:【観察】】

【共鳴を開始します……共鳴名:『始まりの視標』】


今までは相手の斬撃を避ける為に使用していた【狼煙】を、自身の瞳に集め、直近で手に入れた力である『共鳴』……その中でも、相手の動きを観る事に特化したものを発動させる。

既に手を使って目標を付ける必要はない程にコツは得た。

ならば次は、あの鬼を呼ばずに目の前の修羅を打ち倒すだけだ。


浅く息を吐き、群青の線の終着点へと向かって刀を振るう。

それに気が付いたのか、線の挙動が変わるものの……私相手にそれは意味がない。

軽く避けられそうになった刀を、紫煙、酒気によって無理矢理に軌道修正させ、相手の身体へと持っていくのだから。

避ける事は許さず、逃げる事も許されない。

防御しようにも力押しで突破され、更に変に技術もある為に反撃も潰される。

相手にしたら厄介が過ぎるとは自分でも思うものの……自分が私自身と戦う事はないのだから良いだろう。

外で今も戦っているであろう患猫には頭が上がらないが。


「……まだ」


刀を振るう度、修羅の身体には傷が付く。

互いに着ている『死傷続』によって致命傷にはなり得ないが、それでも動きが鈍くはなっていく。

『酩酊』も相手の動きを蝕む程には重なってきたのだろう。時折編笠から見える顔色は赤く、そして青白くなっていくのが分かった。


「……まだまだ」


だが、足りない。

この目の前の相手を、修羅を、『人斬者』を打ち倒すにはまだ足りていない。

私の動きが、技術が、力が足りていない。

だからこそ、自身の身体を顧みる事なく前へ……目の前の相手すらも通り過ぎる程の踏み込みで、刀を振るう。


「まだまだ、なんだよッ!」

『――ッ』


横を通り過ぎるように、背後から迫るように。

飛び越えるように、足元を滑るように。

群青の線を追って、追い越して、その先で刀を振るう。

次第に相手のHPが削れ、底へと近付いていくのを観つつも動きは止めない。

修羅の身体に怨念が立ち昇ろうとも、関係なく進んでいく。

この先には何があるのか、それだけを確かめる為だけに……この心の内に湧いた好奇心の行く先へと辿り着く為だけに身体を止めず、修羅へと刀を振るう。


だが、それは長くは続かない。

私はその動きを続けられたとしても、修羅が保たない。

気が付けば、私も修羅も纏っている『死傷続』が襤褸とそう変わらない状態になっており、その効果を示すアイコンすらも表示されていない状態になっていた。

修羅は私に、そして私は刀を振るっている間に無数の反撃を喰らっていたのだろう。

互いに距離を一度取り、無言で再度刀を構える。


HPの残量的に、次の一撃……交撃でこの戦いは終わる事だろう。

終わってほしくないと思いつつも、私は浅く息を吸い。


「行くよ」

『来い』


征った。

全身で、強化された肉体で無理矢理に加速して。

私と全く同じ姿をした紫煙の像を作り出し、背後へと回らせながら私は体勢低く、まだこちらの動きを追えていない『人斬者』の前で刀を酒気の鞘へと納め、


「『煙を上げろ』、『変われ』」


二重に煙質の色を重ねた鞘から、『想真刀』を抜いていく。

修羅の背後では、紫煙の像が私と同様の動きをする事で同時に前後からの攻撃を実現している。

避けるのは至難。だが、修羅は刀を振るう。

私が良くやるように、背中から怨念の腕、刀を生やし。

背後から迫る紫煙の刃を弾き返しながら、その反動によってこちらの【居合】が万全には発動しないようにと狙いをずらしてきたのだ。


こちらに力が負けているからこそのずらし方。だが、それを以てして『人斬者』はその名の通り、自身の持つ刀を振るう。

ずれた先、自身にとっても体勢が崩れた状態で私の首へと向かって横一文字の一閃を放ってきたのだ。

……流石としか言いようがないなぁ。

その姿にこの場には似合わないゆっくりとした感想が頭の中に過ったものの、私の身体はそのまま刀を振り抜いた。

群青の刀身が、赤黒い軌跡が修羅へと迫っていく。


【選択煙質:【狼煙】、【怨煙変化】】

【選択スキル:【居合】】

【共鳴を開始します……共鳴名:『怨鬼一閃』】


花畑に、静寂が訪れた。

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