今回は小細工なんて事はしない。
純粋な力量……ここまで得てきた技術、そして経験から目の前の修羅を打ち倒す。
滑る様に接近してきた『人斬者』に対し、碌な強化すらされていない状態の私が出来る事。
それは、
「『煙を上げろ』」
『ッ』
足に群青の紫煙を纏い、その場から軽く身体を動かすだけ。
お互いに使っている得物、装備は同じであり、違うのは頭に被った編笠のみ。
しかしながら、置き換わってはいるものの……普段の装備の効果自体は発揮している。
その為、一撃さえ当てられればその時点でかなりのアドバンテージが付く。
だからこそ、確実に当てられる状態になるまでは避け続ける。
……【過集中】が発動し始めた。【紫煙の眼吹】は流石にまだか。
視界が白黒に染まっていくのを確認しつつ、上段から振られた刀が私のすぐ横を通過していった。
だが、ここで攻撃は仕掛けられない。
何故ならば、
「怨念の小刀とかいつ用意したのさ!」
『今、ここで。汝もそういう手合だろうて』
「確かにね!」
避けられるのを前提に、『人斬者』自身の身体を陰にするようにして放たれた小刀状の怨念がこちらへと迫ってきているからだ。
速度自体は速いものの、咄嗟に作り出した酒気の刀によって弾けた辺り、強度も威力もそこまででは無い。
単純に奇襲及び、怨念に耐性がない相手に対する手札の1つだろう。
怨念に対しては装備で耐性が出来ている私にとっては問題は無いものの、下手に喰らってしまうと面倒なのには変わりない。
「1本失礼」
軽く跳び、再度距離を離した所でインベントリ内から取り出した煙草を吸う。
その瞬間、私の身体に変化が起き始める。
……流石に本気で行くならこれだよねぇ。
鬼のような角が2本生え、今まで以上に濃密な酒の香りが周囲へと漂い始め……修羅が顔を顰めたのが分かった。
当然だ。記憶にまだ新しい前回、彼は実質この煙草……『昇華 - 酒呑鬼の煙草』によって倒されたと言っても過言では無いのだから。
流石に過剰供給までは許してはくれないのか、それとも待ちきれないのか。
煙草を半ば辺りまで吸った所で、またも滑るように、今度は刀を水平に構えながらこちらへと迫ってくる。
動き自体は強化無しでも追える程度には遅い。
だが、下手にそれに手を出そうものなら手痛い一撃を貰う事になってしまうだろう。
元より私よりも刀を扱う技術が高い『人斬者』だ。私の知る刀系のスキルは勿論の事、カウンター系のスキルは持っていてもおかしくはない。
だからこそ、
「行くんだよねぇ!」
煙草を口に咥えたままに、私は相手の刀の範囲へと飛び込んだ。
それを待っていたかのように、私の反応に合わせたかのように刀が振るわれるものの……『想真刀』によって弾く。
しかしながら、それだけで終わりではなかった。
刀が弾かれ、大きく両腕を広げるように開いた修羅の身体が、まるでコマ落ちしたかのように一瞬で上段で刀を構えた形へと切り替わり、
『――ッ』
一閃。
上段から放たれた体重の乗った一撃を、酒気によって身体を無理矢理に動かす事で不完全な体勢ながらも防ぐ事に成功する。
……絶対クールタイム踏み倒してるだろソレ!
何度も何度も何度も何度も、修羅は一瞬で刀を構え直し、上から、下から、斜めから、様々な方向から刀を振るう。
力が入り口に咥えた昇華の煙草を歯で噛み切りながらも、私はそれらを酒気、紫煙、そしてスキルによって観て対処する。
修羅が刀を一度振るう。
――酒気の盾が一度に複数枚割られながらも、勢いを削ぎ『想真刀』によって何とか弾く。
修羅が刀を二度振るう。
――紫煙の腕、刀が数本がかりで修羅の刀を私の身体のすぐ横へと逸らす。
修羅が刀を三度振るう。
――【心眼】によって動きの始まりだけを観て、身体各所に纏わせた【狼煙】と【回避】を信じて跳び避ける。
徐々に速度が上がり、全身に切り傷が増えていく中。
私と『人斬者』のHPには大幅に差が付いていた。
仕方ない事でもある。
何せこちらに傷が増えれば増えるごとに、相手はステータスが強化されていくのだから。
……『想真刀』相手にしてるのってこういう感じなのか。ホント理不尽だな。
だが、相手の動きは時折鈍くもなる。
私の身体から放たれている濃い酒気を、刀が届く範囲で吸い続けているのだ。
その身体に溜まっている『酩酊』の量は計り知れない。
「ふぅー……」
一息。
相手の連撃が止まり、お互いに刀の届かない位置へと移動し一度落ち着いて。
私は此処からが本番だと、自身の紫煙外装を呼び出した。
ここまでは初動。随分と差がついてはしまったが……現状の私の地力では装備の能力含めて死ななければ上々だ。
「流石にここまでやられたら、ちゃんとやらないとね……在庫も沢山ある事だしッ!」
【背水の陣】が発動している状態で。
私は杯を空中へと放り投げる。
「さぁ頑張ろうか!」
砕け、身体に蔦が這い視界の葡萄が燃え始め。
全てのステータスが強化されると共に、地面を力強く蹴って前へと進む。
修羅との1対1、技術面での戦いは私の負けで良い。
だが、ここから……殺し合いという意味での戦いは此処からが始まりだ。