「そ、そういえば、何で今更このゲームのストーリーに興味を?」
闘技場に着き、軽く準備運動をしていると。
複数の怨念系装備を周囲に配置していた患猫から話しかけられた。
「んー……まぁただの好奇心ではあるんだけどね?単純に私は知らなさ過ぎるなって」
「し、知らなさ過ぎる……それは設定含め、って事よね?」
「うん。ゲーム開始当初からここまで走ってきたけど、私未だにこの紫煙ってのがどういうモノで、この世界におけるどういう立ち位置なのかほぼ知らないんだよ」
私はほぼ何も知らない。
知っている事も、他のプレイヤーが知らない事も経験しているだろう。
しかしながら、前提となる情報が無い為にそれらを活かしたりする事は出来ない。
たまに助け舟として音桜やルプス辺りが助言してくれはするものの、それだけだ。
「それに、知っておけば知ってるだけ好奇心の向く先は増えるわけじゃん」
「な、成程……前者は兎も角、後者の理由は貴女らしいわね」
「あは、ありがとう」
表面を知っているだけでは、得られるモノも少なくなる。
これまで経験してきた事も、もしかしたら何処かに取り零しがあったかもしれないし、これからもそうなるかもしれない。
それは少しばかり……いや、大分損だ。
「そ、そういう事なら……私の知り合いを紹介しましょうか」
「ん、それって『Sneers Wolf』?」
「い、いえ。私がこのゲーム内で知り合った個人的な知り合いよ。情報収集特化型とでも言いましょうか」
「おぉー助かる。実はどこから調べていこうか迷ってたんだ」
『Sneers Wolf』に関係ないプレイヤー。
彼ら自体、大規模なグループという事もあって情報の収集、処理能力は高いだろうが……交流先が増えるというのはありがたい事だ。
狭くはないが、1つのコミュニティ内に留まり続けても良い事は無いのだから。
……それにしても、多いな今回は。
周囲を見渡す。
以前キヨマサに手伝ってもらった調伏の時とは違い、観客席には『Sneers Wolf』のメンバーらしきプレイヤー達がちらほらと座っているのが見えていた。
その中には、
「嬢ちゃん気張りやー!」
「……この場合は患猫の方が頑張るのでは?レラはこの後精神世界行きだろう」
「馬鹿、どっちもボス級と戦うんやで?で、患猫の方は嬢ちゃんが調伏したら終わり。つまりここで応援すべきは嬢ちゃんってことや」
「賭けの半券さえ持ってなかったら分かる言葉だったんだがなぁ……」
知り合いの姿もある。
賭けについては分からないが、取り敢えず調伏が終わったらスリーエスには個人的にお話しに行くことにしよう。
「が、外野が煩いけれど……準備は出来たかしら」
「うん。STも煙質も充分。そっちは?」
「こ、こっちも問題は無いわ。今回は私が貴女の耳飾りに怨念を直接叩き込む。だから、貴女はその後の事をしっかりやりなさい」
「オーケィ。じゃあ終わった後はスリーエスくんの奢りで娯楽区のどっか行こうか」
「ふ、ふふ。良いわね、それ。採用よ」
なんやって?!という声が観客席の方から聞こえたものの、私達は無視をして。
お互いに5メートルほど離れた位置に相対する様に移動した。
闘技場の範囲いっぱいに設置された、患猫の怨念系装備がそれぞれ大量に怨念を放出し始めるのと同時、
「い、いくわ」
「どーんとこい」
声と共に、私の耳飾りへと空気中の怨念が流れ込み始め、いつもの様に装備が置き換わっていく。
そうして、私はまた声を聞き……視点が暗転した。
『これが最期。至るか、至らないかは汝次第だ』
【『怨斬の耳飾り』に込められた怨念が一定以上溜まりました】
【怨念を輩出します】
【具現化概念『
【『信奉者の指輪』による補助を確認。使用時のデメリットが一定時間打ち消されます】
視点が切り替わると共に、私はインベントリ内から複数の煙草を取り出しながら目の前の湖へと飛び込んだ。
今回は何かを考える必要も、イレギュラーな存在に質問する必要もない。
これまで得てきたモノを使って、出てきた相手を打ち倒す。これだけを目標に動けばいいのだから。
『……三度、辿り着いたか』
湖から浮上し、花畑へと辿り着くと。
そこには1人の男が花畑の中心に立っていた。
斬り込みの入った編笠に、黒い羽織袴。
腰には1本の刀を帯びているその男は、私へと語りかける。
『して、女。汝は至ったか?』
「いんや。君が私を何に至らせたいとか、到達させたいとかは分からないままだよ」
正直に私は答える。
なんせ、ヒントも何もないのだから答えようがないのだ。
だが、
「でも、刀は人並みに使えるようになったかな。それに関しては君のおかげだよ、ありがとう」
三度の調伏を通して、私は新たな戦術や技術、そして力を手に入れてきた。
それを目の前の修羅が至ったと認識するならば、私は至っているのだろう。
「『変われ』」
耳飾りに触れ、『想真刀』、そしてつい最近手に入れた『死傷続』を出現させ。
周囲に漂う紫煙と酒気を使う事で、目の前の修羅が着けているような編笠を作り出す。
『人斬者』は刀を上段に構え、私は酒気の鞘に納めた状態で右手を添える。
ここから目の前の相手と交わす言葉は1つで十分だ。
『――いざ』
「尋常に――」
『「勝負ッ!」』