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Episode5 - B


扉を開けた瞬間、私達の視界に飛び込んできたのは巨大な地底湖のような場所だった。

薄暗く、足首程度まで水没しているのはセーフティエリア内と同じ。

しかしながら、普通思い描くような地底湖とは少しだけ様相が違う。

というのも、今まで地面は石造りの煉瓦によって構成されていたのに対し、ここだけは砂で出来ているのだ。

まるで、地下にある海辺の様な空間。

その奥……外で言う海に当たる部分には1つの祭壇が存在した。

それを認識した所で、私の視界は一変する。


――――――――――――――――――――


声が聞こえる。

語りかける様に、気付かせる様に、問いかける様に。

低く、しかしながら性別も年齢も分からぬ声が薄暗い地下に響き渡る。


『汝、ここは深淵へと至る道程である』

『汝、ここは資格なき者が至るべきではない領域である』

『汝、ここから先に至る意志はあるか?』


地下の海に浮かぶ祭壇が自壊し……内側から怨念が溢れ始めた。

それを合図に、海の底から巨大なモノが浮上し始める。

赤黒いそれは、鱗が生え、牙を持つ触腕が無数に持ち。

巨大な頭には、怨念によって人の苦しんでいる表情が浮かび上がる。


『資格があるか、我が試そう……!』


――――――――――――――――――――


身体の制御が戻ると同時、私とルプスはその場から左右に分かれる形で跳び退いた。

無数の触腕がこちらへと迫ってきていたからだ。


【『邪宣者イービル』との戦闘が開始されます:参加プレイヤー数1】


「ルプス、時間稼ぎ!」

「畏まりました!」


私はそのまま、インベントリ内から複数のST回復用の酒精入り飴玉を取り出し口に含みつつ。

全体を俯瞰できる様に酒気を使って空中へと駆け上がる。

……最初っからこっちの姿とは思わなかったな……!

確かにイベント中、神父の姿ではHPも名前すらも表示されてはいなかった。

だからといって、初めっから全力の姿で来なくともいいではないか。


「……まずは動きを見たいな……!」


そして、ルプスは兎も角として。

私はこの状態の『邪宣者』と戦うのはほぼ初。

『共鳴』を使って見切るにしても、HPが減った後に何があるか分かっていない為、ガス切れが怖く切るに切れない。

だからこそ、最初は動きを見る。

時間を稼いでもらう。

その上で、私が出来る事は幾つもあるのだから。


「ダメージ増加、分裂は……切らなくていいか。まずはお試しッ!」


空中へと逃げたとしても、一体何本あるのか分からない触腕が海から出てはこちらへと向かってくる。

それらを【回避】に身を任せる様にしながら紙一重で避けつつ、軽く、しかしながらしっかりと能力を発動させた紫煙外装を投擲した。


空気の破裂する音が連続し、それに巻き込まれた触腕が弾けつつ……私の手斧は巨大な蛸へと向かって飛んでいく。

それに合わせる様にして、数本の触腕を『酒呑帯』を含めた複数の大太刀で斬り刻んでいたルプスが、群青の人狼と化してから1本の大太刀を本体へと向かって投げつける。

あちらには【投げ斧使い】や【斧の心得】は乗らないものの、それをカバーする様に【狼煙】が大太刀へと纏わりつく形で飛んでいく。


『ぬぅ……!!』

「……へぇ?」


そうして射出された2つの得物は『邪宣者』の頭へと到達し……その膨大なHPを合計2割ほど消し飛ばした。

……脆いな?

外で戦った時よりも脆い。

無論、あの時はレイド戦であり、触腕を硬質化させるなど様々な現状との違いがあったものの。

それにしても軟すぎる。そう感じた。


「ルプス」

「やっていいので?」

「うん、最低限触腕を斬り続けられる程度は残して」

「畏まりました」


指示を出し、私は周囲の酒気を操る事でルプスに迫る触腕を叩き潰す。

ハンマーの様に、拳の様に、ただの大質量をぶつける様に。

そうやって潰していると、ある事に気がついた。

……少しずつHP回復してるな。それに潰した触腕も再生してってる。

私が触腕を叩き潰し続けている関係で回復速度と消耗速度がほぼ釣り合ってしまっているのか、本当に僅かではあるもののHPが回復しつつある。

注意深く観てみれば、触腕も再生していっており……周囲に満ちている海水を吸収してそれを行っている様だった。


「ルプス、海水で再生してる」

「……使えます。結果次第では追撃を」

「了解。準備はしとく」


言われ、私も酒気を操りながら紫煙外装を呼び戻す。

そうして軽く構え、小さく呟く事で腕全体に群青の紫煙を纏わせた。

ルプスはルプスで、私が外に居た『邪宣者』へと放ったように群青の鞘へと『酒呑帯』を納め、機を狙っている。

……難しいのかな?

思えば、『酒呑者』もコツが云々と言っていたものの……私は特にその辺りを理解する事なく自然と使えていた。

恐らくは普段から似たようなモノを使っていた為だとは思うが……流石に戦闘経験が少ないルプスには出来ると言っても難しいのかもしれない。


「――【居合】」


そんな事を考えていれば。

ルプスが動き、群青の炎を纏った大太刀を振るった。

一閃、そして大太刀を再び鞘へと納め……一息。

その瞬間、


『ぐッ、ぉおお……!』


『邪宣者』の巨大な頭に一筋の群青の線が走り、炎を噴き出しながら裂傷を刻み込む。

私も使った『烽火一閃』という『共鳴』だろう。

HPの減少は大きく、その一刀だけでHPの大部分は消し飛んだものの……それでも完全に削り切る事は出来ていない。

だが、ルプスはルプスで追撃が行えない。

自身の燃料である【狼煙】を使った為か、それとも単純に集中力の問題か、その場にへたり込みすぐには動けないようだった。

だからこそ、


「うん、これは使わなくても良いかな」


私は只々、【狼煙】を纏っただけの腕を振るい【葡萄胚】を消費し与ダメージを増加させた紫煙外装を投擲した。

いつも通り、空気の破裂する音と共に蛸へと手斧が向かっていき、命中。

その巨大な身体を、内側から群青の狼が食い破っていくのを見ながら、


「終わりかな。……考える事、多いなぁ」


私は溜息を吐いた。


【『邪宣者』を討伐しました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】

【【深淵へと至る道・海】の新たな探索モードが解放されました】


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