2階層の探索はスムーズに進んだ。
というのも、蛸犬以外に新規の敵性モブが1体も出現しなかったからだ。
蛸犬のラストアタックに関しても、ルプスが考え実行したように酒気や紫煙によって圧殺したり、そもそも墨が届かない距離からの攻撃で対処するなど、こちらに打てる手が多かった為に脅威にはなっていない。
「順調順調。……ルプス、どう?」
「一応風の流れ的には……こちらかと」
「ありがとう。私も慣れれば出来るかな、それ」
「私は元よりご主人様のスキルから出来ることをやっているだけなので。やろうと思えば出来ると思いますよ」
「あは、練習はしてみるよ」
探索しているうちに、ルプスの高い索敵能力のタネが理解出来た。
空気中に漂う紫煙。薄く、白く色付いたそれは私達の持つような操作系スキルで操らない限りは、基本的に空気の流れに従って動いていく。
彼女はその普遍的な性質を使って索敵していたのだ。
実体さえあれば、動く度に空気を揺らす。
声もそうだ。音は空気を振動させる事で伝わるのだから。
それらによって微妙に動く紫煙を観て、ある程度の数や、行きたい方向を察知している……という、理解は出来るものの……出来るかと言われたら首を傾げざる得ない技術。
……どう考えてもスペック差があるなぁ。頭の。
処理能力が高いAIだから、という考えは置いておくにしても。
流石に同じスキルがあるからといって実行出来るような下地は私には無い。
「……?ご主人様、どうされました?」
「いんや、何でもない。行こうか」
彼女はこのゲーム内で生きている存在。
だからこそ取れる選択肢や、技術というのはあるのだろうとそう考えた。
無論、少しは練習してみるつもりではあるが。
完全に再現する事は難しくとも、触り程度でも出来る様になれば……ある程度は役に立つだろうから。
「……ここがそうだね」
「そうですね。確かこのダンジョンの階層数は3しかない筈なので……」
「これを降りたらボス戦、って事になるなぁ」
ルプスの案内によって進んでいく事、暫し。
襲ってくる敵性モブ達を適当に蹴散らしていると、下へと進める階段を発見する事が出来た。
周囲には特に罠らしいものも、【酒気帯びる回廊】にあったような鍵付きの扉もない。
「ルプス、燃料の残りは?」
「凡そ半分程度です。きちんと戦う場合は……状況にも依りますが、10分程度の稼働になるかと」
「よし、じゃあ降りた先で補充してから挑もうか」
そう言いつつ、私達は階段を降りていく。
一段一段降りる毎に、空気中の湿気が増していくのを感じ……それと共に、周囲の壁や階段には苔などの多湿環境でも生息可能な植物類が増えていった。
--【深淵へと至る道・海】3層
そんな階段を降り切った先。
そこには、いつも通りと言うべきなのかセーフティエリアが存在していた。
「うげ、ここまで水が来てるじゃん」
「ボスが水棲生物だからでしょうか」
「んー……それもあるだろうけど……」
セーフティエリアの造りは2階層をそのまま部屋にしたような形。
しかしながら、私達の足首程度まで水没していると言う……少しばかり嫌な予感がする状態になっていた。
「……私達みたいな操作系スキル持ちの可能性ですか?」
「流石、言いたい事を理解してくれるねぇ」
「もうそれなりの付き合いにはなってきましたから。ですが……大丈夫でしょうか?」
ルプスの心配は尤もだ。
操作系スキル……今回の場合は液体、それも海水などの操作が主になるソレを持っていると言う事は、この先全てがボスの攻撃範囲と考えて差し支えがないと言うこと。
だが、それについてはあまり心配はしていない。と、言うのもだ。
「まぁ、多分大丈夫。似た様なのとは戦ったことあるから」
「似た様な……?」
「うん。【酒気帯びる回廊】でね」
脳裏に浮かぶのは、酒浸りの親衛者や『酒呑者』の姿。
彼らとの戦闘フィールドもまた、同じ様に足元が酒精によって沈んでいた。
だが、彼らは所謂マップ攻撃と言われる広範囲攻撃をしてきた事は一度もない。
楽観的、と言われればそうかもしれないが……彼らと言う存在が居た以上、ボス側にはその手の攻撃ができないか制限されている可能性が考えられるのだ。
「ま、本当に希望的観測、無ければいいなくらいに考えておいて。それに私達も液体自体は出せるから、勢いは削げるだろうしね」
「確かにそれはそうですが……いえ、言っていても仕方ありませんね」
「そういうこと。結局初見……ではないけれど。この形式で会うのは初なんだから、出たとこ勝負なのは変わらないよ」
ダンジョン外で先に出会ったボスと言えば、『黒血の守狐』。
思えばあのボスも今回と似たように、初めの戦闘は修羅によって蹂躙し、その後はしっかりと自身の手で倒していた。
……あの狐も知らない攻撃法使ってきてたよねぇ。
全身が液体である、なんて情報は外界で出会った時には分からなかった。
しかしながらダンジョン内で、しっかりと1対1で相対した時にはそのような特性を引っ張り出してきたのだ。
そんな経験から、私は『邪宣者』が外で出会った時と同じように攻撃、行動してくるとは限らないと考えていた。