『ギュッ!』
「うん、見た目は結構気持ち悪いけど……割と想像通りな動き方するねぇ」
蛸犬に牙や爪と言った部位は存在していない。
当然だ。頭以外全てが触腕で出来ているのだから、それらしいモノはあれど硬さ自体はそこまでないだろう。
ならばどうやって相手を倒すのか。
……足はブラフ、攻撃自体は……胴体から。
触腕が複数絡み合って出来上がった胴体から、2本の触腕が素早くこちらへと伸びてくる。
槍のように突き出されたそれは、勢いもあってか薄い壁くらいならば貫く事は出来るだろう。
だが、それが私に届く事はない。
『!?』
「ごめんね、私ってそういうのが得意でさ」
私とルプスが居る為に、この場に濃く漂う酒気を部分的に固形化し。
こちらへと向かって射出された2本の触腕を上へと弾く。
同時、【疑似腕】によって空中でそれらを掴み思いっきり引き上げた。
「アンコウの吊るし切り、ってね」
普通の四足の生物ならば腹をこちらへと見せているような形で上へと引っ張り上げられた蛸犬は、じたばたと暴れるものの……私にも、【疑似腕】にも届かない。
それを見た上で、私は『想真刀』を酒気の鞘に納め……一閃。
頭から真ん中で真っ二つになるよう下から斬り上げる。
『ギュゥ……ッ!』
「おっと、ラストアタックって奴かな」
完全に真っ二つとなり、HPバーの表示自体も底を尽いた瞬間。
蛸犬がこちらへと向かって黒い液体をぶちまけてから光の粒子となって消えていく。
これまで見た事は無かったものの、ラストアタック……最後の一撃をしてくるというのは大きな情報だ。
……ん、『暗闇』か。蛸らしいっちゃ蛸らしいけど。
黒い液体を顔面に喰らってしまった私は、それをぬぐったのにも関わらず周囲の景色が一切見えなくなってしまった。
視界上には簡易的な目に大きくバツが付いた、『暗闇』というデバフのアイコンが表示されていた。
恐らくはタコ墨をかけられてしまったのだろう。
【這い泳ぐ者を討伐しました】
【ドロップ:魚人の鱗×1】
【淵より駆ける者を討伐しました】
【ドロップ:蛸墨×1、干乾びた触腕×1】
どうしようかと考えていると、ログが流れ誰かがこちらへと近寄ってくる音がした。
十中八九ルプスだろう。
「ご主人様、こちらは終わりましたが……大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。何も見えないだけだから大丈夫。効果時間も……うん、切れた。よくルプスは喰らわなかったねぇ」
「酒気で圧殺したので。何か吐いてるようでしたが、それに阻まれて……」
「あー、それ正解っぽいなぁ。私も次からはそうしよう」
幸いにして『暗闇』の効果時間は短かったのか、すぐに切れて周囲の景色が見えるようにはなってくれた。
しかしながら、警戒はするべきだろう。
今回は数が少なく最後に相手をしていた為に危険はなかったものの……これが乱戦だったら。
周りに敵性モブが大量に居る状態で何も見えなくなってしまったら……中々に私1人の力では厳しいものがある。
それこそ、紫煙や酒気を使って効果が切れるまで周囲を薙ぎ払い続ければ良いのだろうが、それは1人用の戦術であり方法だ。
……少しは倒す順番を考えた方が良い、って事かな?
進捗関係なく挑む事が出来るダンジョンでこのような行動を行う敵性モブが出現したのだ。
運営側からの警告、警鐘の類と考えた方が良いだろう。
もしもそんな事が無かったとしても、そうやって考える事自体は無駄にはならない。
事実としてラストアタックをしてきた相手が居るのだ。今後、外界などで別の形で出会ってもおかしくはない。
「よし……対応自体は頭ん中で出来た。進もう」
「畏まりました。次、新種が出てきたらどうしますか?」
「それ1体残して、それ以外はすぐ倒そう。行動パターン知っておいて損はないし」
「把握しました。では先行します」
通常……という程にこのゲームに詳しくはないものの。
上層のダンジョンでは基本的に2階層で増える敵性モブの種類は1種類。今回挑戦している【深淵へと至る道・海】で言えば、魚人と蛸犬の2種類だけではあるものの……正直新たな敵性モブはもう出現しないのではないだろうか。
出現したとしても今のダンジョンをクリアしてから。ハードモードや1回目の紫煙奇譚でもあったエンドレスモードが追加された場合だろう。
「……割と手応えが無いのが怖いんだよな」
ルプスに聞こえないように、小さく呟く。
ここまで出現した敵性モブ達は、基本的に弱い……というよりは対処が楽な2種類しか居ない。
外……というか、ダイビング中に出会った魚人と比べてしまうのは酷かもしれないが、やはり彼らの得意なフィールドではないのが影響しているのだろう。
では、そんなダンジョンの最奥に居るボスは?
自身に有利なフィールドで構えている相手は、どうなるのか。