--【深淵へと至る道・海】1層
「『始まりの視標』多重発動」
こちらへと迫る、複数の敵性モブを目の前に。
私は大きく目を見開いた。
複数の群青の線が様々な角度から私の身体を貫くのを確認し、
「ルプス、数は7。3秒後に接敵」
「畏まりました」
特に手は出さずに指示を出す。
次の瞬間、ルプスの背中から4本の酒気の腕が生え、その全てに大太刀が握られた。
酒気によるものではなく、ルプス用にメウラが打った数打の鉄製だ。
彼女自身は『酒呑帯』を手にし、その全てに酒気の鞘を納め……一閃。
見えない訳ではないが、それなりの速度をもって放たれたそれは、敵性モブ達の首を全て刎ね飛ばした。
「……うん、ログ確認。終了だね」
「お疲れ様です。どうですか?」
「んー、消費自体はST、煙質共に半分くらいってとこ。前から分かってたけど、雑魚用じゃあないね」
素材の入手ログを確認した所で、状況の終了を報告して息を吐く。
現在、私達がいるのは【深淵へと至る道・海】という……ルルイエ=オールドワンに存在する、『邪宣者』のダンジョンだ。
既に何度か挑み、特徴や出現するモブなどの確認は終わっているものの……前へは進んでいなかった。
というのも、ルプスを伴ったダンジョン攻略はこれが初。
彼女が私に合わせられない事はないだろうが、逆に私自身が合わせられる自信が無かったのだ。
……こういうのは慎重に、経験は重ねておかないとね。
共に至近距離で戦うスタイルから始まり、私が投擲をメインにした前後衛で分かれる形、そして今回の様な私が完全に指令官ポジションとして指示を出すだけの形など、様々な合わせ方を試してみて、
「うん、やっぱり普段は投擲メインで行こう。そっちの方がやりやすいや」
「近接2枚はダメでしたか?」
「いんや、ダメって事はないけど……お互いに【過集中】使ってるとフレンドリーファイアが怖くてさ」
「成程」
「あ、でも道中での話ね。ボス相手には……ちょっと流石に相手の大きさとかで臨機応変に変えていくから」
「畏まりました」
私が投擲メインで動くスタイルで確定する。
結局の所、指示を出すのにも攻撃をするのにも俯瞰したポジションから戦場全体を観れるのが好ましい。
そう考えると、ある程度自分の判断で対応が出来るルプスを自由に動かさせ、私は後ろからチクチクと投擲による援護をした方が良いと判断したのだ。
……まぁ、援護っていう火力じゃないけど。
そも、私のメインの得物は『想真刀』ではなく紫煙外装である手斧。
複数のスキルが乗った投擲は、今まで色々誤魔化してきたものの……やはり単体用の攻撃だ。
手数が必要となる場面では選択出来ず、手に持って戦うならばステータス吸収能力がある『想真刀』の方が勝手が良い。
ならば、と今回手数が必要な近接戦闘をルプスに任せる事にしたのだ。
「じゃ先に進むよ」
「今回は行くんですか?STとかの残量は……」
「問題なし。これくらいなら吸ってれば回復するし……そもそもこのダンジョン短いしね」
【深淵へと至る道・海】は、つい最近まで挑んできたダンジョン達よりも短い、全3階層からなるイベント限定ダンジョンだ。
内部はルルイエ=オールドワンのような、石造りの街並みが広がっており……違いとして、所々にフジツボや海藻など、海の生物が自生している所だろうか。
だが、油断は出来ない。
というのも、
「ッ、また来たね?!」
「無駄に数が多いですね、本当に……」
敵性モブとのエンカウント率が非常に高いのだ。
一歩歩いたら、とは言わないものの……数分に1回は確実に戦闘が発生するのだから精神的な疲労が溜まり続けていく。
そしてこの1階層に出現する敵性モブは1種類のみ、ではあるのだが……これもまた厄介だった。
「目視できました!這い泳ぐ者が3体、最小構成です」
「面倒な事には変わりない!」
『『『ギョギョッゥ!』』』
今回の紫煙奇譚の間、延々と倒し続けた魚人達。
それらが正式に、ダンジョンの敵性モブとして襲いかかってくるのだ。
今更手こずる相手でもないが、わざわざ戦闘をしたい相手でもないのは確か。
……逃げ道は……やっぱり上か。
幸いにして、このダンジョンは水中ではなく完全な陸地。
故に、三次元的な動きを行えない魚人達を撒こうと思えば私達には可能ではある。
「ルプス、相手にしないで上行くよ。先に進むのが最優先だ」
「畏まりました」
言って、彼女と共に紫煙、酒気の足場から空へと駆け上がる。
ほぼほぼ毎度の様に使っている為か慣れてしまったコレも、音桜の話によれば意外とプレイヤー達の間では使われていない移動方法らしい。
確かに私以外に使っている人を見た事は無いし、何なら皆が皆、空からパラシュート無しダイビングをした時に想像以上に慌てていた記憶もある。
……こんなに気持ちいいのにな。
ダンジョンの中とは言え、街の一角。
そこから空へと跳び上がり、風を一身に受けながらも私達2人は2階層へと繋がる階段を探して前へと進み始めた。