切り替わるや否や、こちらへと無数の攻撃が飛んでくる。
目の前の蛸から放たれる、数えるのも馬鹿らしくなる程の四方八方から迫る触腕。
それ以外にも、球体状の炎や槍の形をした雷など、明らかにプレイヤー側から放たれたと思われる攻撃だ。
対して私はと言えば、
「おっとっとォ!?」
【昇華煙維持に必要なSTが無くなりました。昇華煙を解除します】
【具現煙維持に必要なSTが無くなりました。具現煙を解除します】
『酒呑者』、そして泡酩華の魔煙術が切れ、赤黒い羽織袴と『想真刀』だけが残された状況になってしまっている。
当然だ。精神世界での戦いでは一度も煙草を口にはしていなかったし、現実世界であるこちら側では延々戦い続けていたのだ。
切れるものは切れてしまうだろう。
だからこそ、
「しっかたないなぁ!」
自身の技量と、
……今回調伏して獲得したのは『死傷続』。効果は恐らく、回復系。
触腕に対しては避け切れない。その為、身体に直撃するもの全てを周囲の酒気も操る事で、『想真刀』によって斬り伏せる。
そしてプレイヤー側から飛んできている攻撃に対しては、甘んじて受ける事にした。
「ぐっ……ぅ……!耐えたぁ!」
HPの残りが危険域になったものの、生き残る。
『火傷』や『感電』などのデバフが付けられたものの、『想真刀』によって延々『邪宣者』からステータスを吸い続けていた為か受け切れた。
そして受け切れたと言う事は、
「ッ、ナイス『死傷続』!」
周囲に漂う怨念が羽織袴に吸われ、少しずつではあるが私のHPが回復していくのが分かった。
しかしながら、それに呼応するように私の視界上には新たにデフォルメされた骸骨のアイコンが出現した。
それが何かは今確かめる暇はない。
どう考えても、この場から離脱するか目の前の蛸を倒す方が重要だからだ。
「レラ!聞こえるか!?」
「おっと……この声は1YOUくんかな?!」
「その様子だと戻って来たな?!すまん、流石にこの数は統制が出来ん!ウチのメンツはお前に攻撃しない様にはさせている!状況は?!」
「しっかりやってきた!」
どうするか、と今も続く攻撃を捌き続けていれば。
頭上から知り合いの声が聞こえて来た為に安堵する。
ちらと視線を向けて見れば、以前見た時よりも重武装になった紫煙の巨人がそこには居た。
……こう言う時にありがたいな、協力関係!
周りと違い、私の事情を知っている彼らは出来る限りの支援をこちらへと送ってきてくれている。
攻撃、防御系のバフから、状態異常回復系やHP回復系のスキルなど、その種類は多岐に渡るものの、
「……HP、回復してないな?」
私のHPだけは一向に危険域から回復する事は無かった。
原因は分かりきっている。状態異常回復を受けて尚、視界上に残り続けている骸骨のアイコンだ。
「仕方ない……この状態なら【背水の陣】も乗るし……!」
背後から飛んでくるプレイヤー由来の攻撃はこの際全て無視をして。
私は目の前の蛸に集中する事にした。
正気に戻った事が分かっている『Sneers Wolf』の面々が居るのだ。そちらは全て任せてもお釣りが来る。
「ふぅー……久々だなぁこういうのッ!」
手に持った『想真刀』を振るい、身に着けた『死傷続』によって死なず。
インベントリからST回復用の煙草を数本取り出し、このゲームならではの多本吸いを行いつつ触腕を斬り飛ばす。
観れば、『邪宣者』のHPは既に半分以上が削れており……一発二発良いのが入れば削り切れるのではないか?という具合にはなっていた。
当然だ、延々とステータス吸収効果の付いた刀で触腕を斬り刻み続けてきていたのだから。
相手が幾ら膨大なHPやステータスがあろうとも、死なずに斬れるのであれば……いつかは届く。
……紫煙外装は……使えるようになってる。
吸った紫煙が根こそぎ2つの煙質へと変換されていくのを確認しつつ。
私は更に一歩前へと踏み込んだ。
触腕の中、大小種類様々な傷が付いている蛸の本体とも言える場所へと踏み込んで、
「お披露目、していこうか!『
気合を入れるように、注目を集めるように叫び。
私は周囲から迫る触腕を背中から生やした酒気の腕と、刀によって対処しつつ……『想真刀』を群青の紫煙の鞘の中へと納めていく。
大ダメージを与えるならば……私のスキルの都合上、紫煙外装を投擲した方が良いだろう。
しかしながら、私はこの一刀を選ぶ。与えられた物ではなく、自身で手に入れた得物を使う。
紫煙で手を作り、それを目印に。
白黒の世界の中、色の付いた巨大な蛸の頭へと向かって……私は刀を抜いた。
【選択煙質:【狼煙】】
【選択スキル:【居合】】
【共鳴を開始します……共鳴名:『烽火一閃』】
一瞬の静寂。
全ての触腕も、私へと殺到するプレイヤー達の攻撃も、声も、音も、全てが止まる。
そんな中で、蛸の頭に一筋の群青の線が走り……炎を噴き出しながら『邪宣者』を斬り裂いた。
そしてそれに続く様に、巨大な紫煙の刀が出現し……再度その身体を上下に切断する。
『オ、オォ……!神ヨ……!』
「居たら興味はあるけど、居ないから、見つからないから……好奇心の外に居るから神って言うんだよ。知ってた?」
『……ッ、許サヌ、許サヌゾ……!貴様ァ……!』
振り抜いた刀、羽織袴の具現化を解きながら私は言う。
意味の無い言葉ではあるだろう。だが、何故か言いたくなったのだ。
巨大な蛸は最後、喚きながらも触腕を私へと向かって放ったものの……身体に触れる前に光の粒子へと変わり、空へと還っていく。
戦闘終了だ。
【『邪宣者』を討伐しました】
【討伐報酬がインベントリ内へと贈られます】