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Episode19 - G1?


無数の触腕に対し、空中にいる私が取ったのは回避ではなく、


「ルプス、任せた」

「畏まりました」


託す事だった。

触腕の密度は濃く、普通に回避しようともいつかは追いつかれてしまいジリ貧となる。

だがそれは火力がなく、1人でしか戦っていない場合の戦闘法。

しかしながら、私には今頼もしい味方じゅうしゃがいる。


私の声を受けたルプスは、再び全身に群青の紫煙を纏い、大太刀を構え。

更に背から6本の酒気の腕を生やし、その全てに『酒呑帯』と同じ形状の酒気の大太刀を生成した上で、その全てを振るう。

弾くのではなく、斬る。

私が戦闘中に行う、鞘を生成し連続して【居合】の効果を乗せ続ける変則的な抜刀を、AIが故の思考速度をもって迫り来る触腕に対し行ったのだ。


まるで大太刀による斬撃の結界の中。

斬り刻まれ、血肉の塊となって堕ちていく触腕を見据えつつ、私は一度息を吐く。

眼下には巨大な異形の蛸。此方だけでなく、周囲にいる全てのプレイヤーに対し攻撃を仕掛けている巨大なボスであり、触腕とHPの同期が行われているのか、触腕が傷付く度に僅かではあるが緑色のゲージが削れているのが分かる。

……出来ればそろそろ来て欲しいんだけど。

下に降り、『想真刀』を振るえば傷を付けられない事はない。

次第に私のステータス強化が重なり、決定打を与えられるだろう。

しかしながら、そこに行き着くまでが問題だ。


「切り時ではあるよねぇ」


ルプスが稼いでくれている時間を無駄にしない為に、私は一度周囲を見渡し空気中の状態を確認した後。

杯を大きく上へと投げる。

願わくばそれが目印になる様にと祈りながら。


「ルプス、この後は逃げて良いよ。出来ればマイスペースの方まで」

「使うんですか?」

「まぁ、まだ制御出来ないけど時間稼ぎって言えば十二分に使えるだろうし……この状態だしね」


空中で杯が砕け散り、私の身体に多大なステータス強化が発生する。

杯形態での、紫煙駆動での最大強化。

それに加え、


「【Give Up Two】並びに【Give Up Three】起動」


私の身体から薄い乳白色の波紋が周囲へと広がっていく。

それと共に、私やルプス、そして『邪宣者』を筆頭としたこの周辺にいる全ての存在に対して酒で出来た輪が出現し、青く染まる。

次いで腰の瓢箪が砕け散り、私の身体全体が紅く染まっていき……視界がぼやけ、少しずつ回っていくかの様な錯覚を覚えた。

……これが今の私に出来る、HPを失わない状態での最大強化。

空中でそんな目立つ事をしているからか、先程からこちらへ向かって来る触腕の数が増え、ルプスだけではなく私にも少しずつ傷が増えていく。

だが、それで良い。

【背水の陣】が乗るまでの時間が短くなるだけであって、死なないのであれば旨みすらあるダメージだ。


「じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

「うん、後で何かご褒美あげるよ。――『変われ』」


そして、最後に。

私は周囲の紫煙を最大限自身の周囲に集めた上で、耳飾りに触れながら【怨煙変化】を発動させた。

瞬間、赤黒い羽織袴、切り込みの入った編笠へと私の装備が切り替わるのを確認した所で、私の視界は暗転する。


『至高へと逃げる者よ、誘おう』


気のせいか、今回聞こえてきた声は何処か愉しそうな声色だった。


【『怨斬の耳飾り』に込められた怨念が一定以上溜まりました】

【怨念を輩出します】

【具現化概念『死傷続しにしょうぞく』、『師生ししょう』が一時的に使用可能となりました】

【『信奉者の指輪』による補助を確認。使用時のデメリットが一定時間打ち消されます】




「……で、ここに来たわけだけど」


場所は変わり、以前も訪れた湖の畔のような場所。

周囲には何もなく、ただ目の前には湖があるだけの空間。

私の身体が怨念によって具現化したモノに制御を奪われた時に訪れる事が出来、その主と戦闘する事で制御を奪い返す事が出来る場所。

通常、という程に私はこの場に来た事は無いものの、そんな私でも違和感を覚えざるを得ない異物が現在存在してた。

それは、


「こんな所に居て良い奴じゃないよね?君」

『そんな事を言われても、妾にも分からぬものは分からぬよ。童』


背が低く、ある程度はだけた着物で着飾り。

手には巨大な瓢箪を。額には大きい角が生えている童女のような見た目の鬼。

『酒呑者』。

敵意は無いのか、ダンジョン内で戦った時のような威圧感は感じず。

逆に友好的な反応を返されている為に、少しだけ困惑しつつも原因を考える。


「……まさか昇華してたからとか?」

『否。それだけで妾が力の一端とは言え呼び出されるわけがなかろうて。大方……童のスキル、ステータス、そこらが規定値を突破したのだろうよ。元より、中層以降の我々はそういった存在であるしな』

「あー……うん?待って待って。知らない。そんな設定、というかそういうの全く調べてないから私分からないんだよ」

『……童は童の中でも中々に教え甲斐がある類と見た』

「褒められてる?」

『いんや、貶しておる』


ぶん殴ってやろうかと思いながら。

私の視線は一度、湖の方へと向けられる。

そこには、赤黒い修羅と化した私の身体が無数の触腕を斬り刻み、怨念をもって巨大な異形の蛸と対峙している姿があった。


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