その一投に、音は生じなかった。
否、生じるよりも先に神父へと手斧が飛来したのだ。
それに続くように、分裂能力によって複製された手斧が、スキルによって発生した追撃が、そして……紫煙駆動によって生成された紫煙の斧が連続して着弾する。
だが、それが相手に傷を与えたかどうかを確かめる前に私はその場から駆け出した。
完全には神父の動きと同期している訳では無いのか、道中にはこちらの侵攻を阻もうとする触腕が大量にあるものの。
スキル、装備によって合計四重もの強化をされている私のステータスから成る速度には反応し切れないのか、通り過ぎてからその場を攻撃するのみであった。
……【葡萄胚】は……うん、溜まってる。流石酒気特化。
先程全てを使い切った筈の【葡萄胚】は、元より私に蓄積されていた『酩酊』を変換する事で元通りとなっていて、この後使っても問題は無い。
「ルプス!」
「畏まりました」
複数の高威力の投擲が着弾した神父周辺は土煙によって覆われてしまっており、何処に目標がいるかは分からない。
禍羅魔は着弾一瞬前に、ルプスは出自故の思考速度をもって回避していたものの……ここから私が何処に攻撃すれば良いのかは判別出来なかった。
だが、私の呼ぶ声に何をすれば良いのかを察したルプスが、紫煙と酒気によって細い一本の糸のような道筋を作り出す。
まるで迷宮の出口へと向かうための糸。
「充分ッ!」
それだけで、私は何処へと向かえば良いか、何処へ刀を振るえば良いのかを理解した。
薄く輝くそれを辿るように土煙の中へと侵入し、知らぬ間に酒気の鞘の中へと納められていた『想真刀』を軽く、素早く抜き……一閃。
その一刀によって、土煙は横一筋に上下に断たれると共に、
「……防がれるか」
『汝、汝汝汝汝なンじィいいいいいい!!!』
身体の大部分が吹き飛びながらも、全身を硬質化させた神父の触腕によって防がれる。
しかし、ルプスのような防がれ方ではない。
触腕の半ばまで刀が入り込んだ形。相手の装甲をある程度抜いた上で、肉によって勢いが止まった形で防がれたのだ。
押せば身に届く。
しかしながら動けば、周囲にある触腕によって貫かれてもおかしくは無い。
そんな状態で、神父の目の前で勢いを殺されてしまった私に対し、
「詰めが甘ェよッ!」
『ッ!?』
横から神父の身体を吹き飛ばす様にして、禍羅魔が車輪の加速をもってタックルをいれる。
当然ながらダメージ自体は少ないだろう。
しかしながら、相応の勢いと共に突っ込んだ為か神父の身体はそのままボールの様に吹っ飛んでいき建物の壁へと激突した。
「ごめんね、助かった」
「礼は良い。……こッからが本番みてェだぞ」
「そうらしいね。これで他の皆も攻撃しやすくなると良いんだけど」
私達の周囲に他プレイヤーが集まって来る中。
私と禍羅魔、そしてルプスや他の前線で戦っているプレイヤー達は警戒を解かず、自らの得物を握る。
その視線がいく先は勿論、今しがた壁へと激突し、ピクリとも動かなくなった神父だ。
……まだ効果が切れてないんだよなぁ、『弱点付与』の。
私が警戒している理由は単純に2つ。
1つは、【心眼】や【観察】による『弱点付与』の効果が、今も神父に残っている為。
そしてもう1つは、前回もここで油断してデスペナルティを喰らっている為だ。
流石に二度も同じことを繰り返すことはできない。
そうして警戒している中。
神父の身体が起き上がる……否。
不規則に脈動しながら、発条人形のように跳ね上がったのだ。
その瞳には精気はなく、こちらを見ている様子もない。
『――ふむ。壊れてしまったな』
そんな神父の口から紡がれた、流暢な言葉に驚きつつも私は手斧を杯の形態へと変えていく。
酒気と、杯から生成される酒を身に纏い、【Give Up One】の効果なのか溜まる端から消費されていく『酩酊』をこれ以上減らないように気を付けながら。
私は『想真刀』を右手に握り直した。
「何だか分からねぇがチャンスだ!やれやれ!」
「ヒャッハー!漁夫狙いは最高だぜぇ!」
「ちょっと横失礼しますねー!」
「あっ、ちょっ」
他のプレイヤー……先頭に立っていた私や禍羅魔、ルプスが動かないからか先行しようとした考え無しの数人が、神父へと突っ込んで行く。
片手剣を、槍を、巨大な槌を何やら紫煙駆動らしきものを発動させながら振るうものの。
神父の身体に傷は付かず、
『……主の眠りを妨げる者よ。我の護りを妨げる者よ。贄となれ』
「「「!?」」」
低い男の声と共に、地面の下からこれまで見てきたものとは比べ物にならない大きさの触腕が3人の身体を貫き、光の粒子へと変える。
それと共に、私の視界にはあるものが表示されていくのが観えた。
これまで神父にはなく、今やっと表示されたソレ。……HPバーだ。
『足りぬ。足りぬ足りぬ足りぬ足りぬゥゥゥゥ……更に贄を。主を護る我を起こした者へと届く力をォォォ……!』
空気中に漂っていた怨念が触腕の出現した地面の下へと吸い込まれていく。
次第に地面に亀裂が広がり……私はルプスを伴って空中へと駆け上がる。
禍羅魔の方に視線を向けてみれば、彼は彼で足裏から火炎を噴射する事で飛んでいくのが観えた為に問題はないのだろう。
……アレが今回の大ボスかぁ。
眼下に広がる惨状を改めて確認すれば、そこには。
紅く、それでいて怨念を身に纏う巨大な蛸の姿があった。
所々に魚のような鱗が生え、触腕の幾つかには牙が無数に生えた口のようなものまで生えている。
巨大な四角の瞳はぎょろぎょろと周囲を見渡しながらも、次第に空中へと対比している私達を見つけたのか、
『羽虫が……贄と成れィ!』
声が響くと共に無数の触腕が、蛸から、街から襲い掛かってきた。
【『
ログが流れ、此処からが本番だとシステム的にも分かる。
戦闘開始だ。