それは予想よりも静かにやってきた。
海が盛り上がり、元より在った海上都市よりも離れた位置に山のように浮かび上がっていくソレは、一度見た石造りの都市。
違いがあるとすれば、その全体に怨念を纏い……見た事がある触腕が無数に巻き付いている事だろうか。
……流石にまだ全体像は見えないか。
思いつつ、私は白黒に染まっていく視界の中で静かに手斧を構える。
既に海岸へと集まっていたプレイヤー達がルルイエ=オールドワンへと向かっていくのが見えているものの、関係はない。射線上に居るのが悪かったとでも思ってもらおう。
「あれ、全員に見えるようになってるんだな」
「恐らく、こうして浮上する為にその手のリソースを回したのでは?それに海中に在る時と違って、全員に見えていないと優劣が発生しますから」
「……ちょっとメタ的な事も言えるんだな、従者って」
「ご主人様の従者ですので」
何やら2人が背後で言っているのが聞こえているものの。
私は取り敢えず、周囲に漂っている紫煙を身に纏いながら一息。
特に能力を発動させるわけでもなく、単純にスキルによってステータス強化のみによって身体の流れを作っていき、
「開幕一発目……ッ!」
手斧を投擲した。
それと共に、周囲の紫煙が手斧の複製を1本作り出し飛んでいく。
空気が破裂する音が断続的に続き、それに気が付いたプレイヤーが慌てて避けるのを見ながらも。
私は更に酒気を手斧の形に変え投擲する。
容赦をする必要はない。完全に接敵しているわけでも無いものの、攻撃自体の手を緩める気はない。
そうして空を駆けていく無数の手斧達は、石造りの都市に巻き付いている1本の触腕へと到達し、
「ヒィーット」
連続した衝撃によって、内側から弾けさせる。
3本分ではあるが、あの触腕を打倒するのに攻撃力が足りていないということは無いようで安心した。
ならばこそ、私は足裏に力を込める。
「じゃ、征くよ。着いておいでルプス」
「畏まりました」
火を点けた2本の煙草を吹かし、その紫煙を己の前方に集めながら駆け出した。
瞬間、私の身体に変化が生じ始める。
海であるからと、水着へと変えていた装備が和装へと。
額からは大きな角が2本程生え、腰には巨大な瓢箪が出現し。
身体の節々からは、濃密な酒の香りがする泡のような華と葉が生え始める。
【注意!昇華煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】
【スキル【浄化】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】
【スキル【Give Up】、【酒鬼顕現】が一時的に使用可能となりました】
【注意!具現煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】
【スキル【鎮静】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】
大量にログが流れると同時、私は空へと駆け上がる。
足裏には一瞬毎に酒気の足場を作り上げ、しかしながら一時的に私の身体へと降ろされた鬼の膂力によって砕かれ散っていく。
……うわ、凄く身体が軽い。『酩酊』も凄い勢いで溜まっていくけど。
世界を解かした鬼、『酒呑者』。
その力の一端を借り受け、一時的に自らの物とする『昇華 - 酒呑鬼の煙草』。
それらを補助する為に、濃い酒気を生み出し続ける『具現 - 泡酩華の煙草』。
酒気に特化した、今私が扱える最高の煙草2種の力を受け、私は空を駆ける。
「ルプス、一気に街の中に突っ込むから、その後アドリブいける?」
「勿論です。周囲の酒気は自由に使っても?」
「良いよ。寧ろ、私だけじゃ扱い切れないかもしれないしね」
頑張って着いてきているルプスに対し、私は酒気の腕を背中側から伸ばす事で彼女を掴み、加速する。
彼女には申し訳ないが、少しでも早く一緒に到達する為にはこうした方が良い。
……おっと、かなり変わってるな。魚人の街って感じだ。
そうして辿り着いたのは、海中でも見た石造りの都市の直上辺り。
しかしながら、人気の無かった都市の内部には大量の敵性モブが出現しているのが観えてしまった。
そして、中央区。祭壇があったと思われる場所には、紅い何かが触腕と共に蠢いているのが観える。
流石にそこに直接降りる事は出来ないだろう。
だからこそ、少し遠回りにはなってしまうものの離れた位置へと狙いをつける。
「――ッ」
無言で、しかし一度息を大きく吸った上で。
私はそのまま、空中から落下した。
垂直落下。都市の外周部へと素の状態で降りて行き……私達の事に気が付いた魚人達が落下地点へと群がってくるのを確認して、
「先行します」
「任せる」
ルプスが、群青の狼と化して酒気の腕から抜け出すと共にその中へと突っ込んでいく。
魚人達を蹂躙した時のように酒気の腕を数本背中から生やしつつ、その全てに自身の持つ『酒呑帯』と似た形状の酒気の大太刀を持たせながら落下し、
「邪魔です」
一閃。
複数の太刀筋が、それ以上の数の魚人達を斬り裂き光の粒子へと変える。
そうして出来たちょっとした広場へと降り立つと同時。
私は指を耳飾りへと這わせ、
「『変われ』」
刀を抜いた。
怨念が刀として具現化し、斬り付けた者の力を吸い自身の物とする妖刀であり魔刀。
ルプスと一瞬視線を交わし、お互いに刀を構え走り出す。
目指すは、都市の中心部。祭壇の在った、触腕の塊が居る場所へ。