「おーい2人共。こっちは粗方終わったぞ。潜るなら潜りに行こうや」
「オーケィオーケィ。こっちも大体終わったから行こうかー!」
そんな事を話していると。
男性陣の方もある程度魚人を倒し終わったのか、大量の人形を従えながらこちらへと歩いてきているのが分かった。
……こういう広い場所だとメウラくんは滅茶苦茶強いよねぇ。
実際、彼の紫煙外装は素材に左右されるものの制圧力が高い。
1体の強力な相手と戦う、というよりも今回のような広い場所に無数に居る敵性モブを相手取る時に真価を発揮する類のものだ。
本人も本人で、最近は紫煙外装の能力を上げる為のスキルなどを優先してラーニングしているようだし……少ししたら過去事変なんかにも挑むんじゃないだろうか。
「……で、誰か灯りとか持ってる?」
「ワシが持ってるわけないやろ?」
「わ、私は暗視系の怨念具があるから用意してなかったわね……」
「……はぁ……大丈夫だ。灯りってだけなら何個かSTを変換して使える懐中電灯を作って来てる。人数分あるから受け取ってくれ」
呆れ顔のメウラから懐中電灯を受け取り、STが吸われていくのを確認してから。
私達は早速海へと潜っていった。
昼間とは違い、月明かりしか入ってこない為に相応に暗く……灯り無しで潜っていくのは困難であるのが分かっているものの。
少しだけ懐中電灯を使わずに軽く泳いでみる。
……うん、良いね。凄く良い。
昼間よりも静かで、そして暗く、冷たい。
海本来の恐ろしさが詰まっているかのような、そんな感覚を全身で味わいながらも下へと潜っていく3人へと追いつくべく、私は懐中電灯を点けた。
『で、どこまで潜るつもりなんや?』
『あれ?スリーエスくんは特に決めてないの?』
『決めてないってよりは知らないだけや。昼間は潜ってないし……リスナーとかから情報貰ってるわけじゃないし』
『あー成程ねぇ……』
と言っても、私も特に目標があるわけではないのだ。
夜の海に潜ってみたい、という目的は既に達してしまったのだから……他のメンバーに着いていこうかと思っていた。
ちら、と患猫の方へと視線を向ける。
彼女のガスマスクであるペストマスクによって表情が隠れている為に詳しくは分からないものの、少しばかり溜息を吐いたのは分かった。
『わ、私も特に無いけれど……深い所の方が怨念がありそうよねぇ』
『……じゃあ俺の目的っていうか魚人以外の敵性モブの素材が複数欲しいからそれを手伝ってもらっても良いか?深く潜っていけば敵性モブも出てくるだろうしな』
『じゃあそれでいこう。スリーエスくんもそれでいい?』
『大丈夫や』
私の近くを泳いでいるルプスにその事を伝えると、ジト目でこちらを見てくるものの。
そもそもがこの場に集まっているのは、メウラ以外はその場のノリで行動しただけのメンバーだ。
私は好奇心、スリーエスは人が少ないから、そして患猫に至っては怨念が濃そうだからと、明確に海に潜る理由はない。
だからこそ、察したメウラが仮の目的を出してくれたのだろうが……この後も似たような場面はあるだろう。
……ま、海の下に何があるのかってのは気になってたから丁度良いんだけども。
ルルイエなんて名前の紫煙駆動都市から潜れる海だ。
元ネタであるソレには邪神が眠っているとされているものの……流石にこのイベントで邪神が出てくるとは思えない。
そんなものが出てくるならば、もう少し大々的に……レイドイベントとして押し出す事だろう。
「ま、魚人が出てきてる時点で今更か」
「ご主人様、実際出てきたらどうするので?」
「そりゃもう諦めるよ?退散の呪文とかがあるなら兎も角、こんなノリで行動してる状態で出会ったら死ぬしかないしね」
そもそも、私達は某TRPGのプレイヤーキャラクターではないのだ。
突然クトゥルフだのが出てこられても、対処するのは難しい。
対処出来たとしても、あの魚人達の親玉くらいまでだろう。
……倒せる存在として出てこられたなら別だけどね。
勿論、相手がこちら側と同じ土俵に立ってくれるならば話は別だ。
「ま、その時の状況次第だよ。今回はそんな事にはならないと思うしね」
「……患猫様がいらっしゃるからですか?」
「そうだねぇ。怨念の専門家が居るんだ。変な事になりそうになる前に止められるだろうさ」
希望的観測。
しかしながら、私と患猫という怨念に日常的に触れているが居る今……そんなに悪い事にはならないんじゃないだろうか、とも考えている。
そもそも1日目の夜に手遅れになるのであれば、プレイヤーには何も出来ない終わりのストーリーが展開されていただけになる。
流石にMMOでそれをやるとは思えないし……やるとしても過去編と銘打ってからやるだろう。
だからこそ、私はそこまで重くは考えず夜の海を潜っていくのだから。