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Episode17 - B2


その場で踊るように、相手を見定めるように。

傲慢でありながら、強欲に。私こそが勝者であり、この場に最後まで立つのにふさわしいのだと『想真刀』を振るう事で、目の前のピエロに示そうとすれば。

彼は彼で、杖を振るい、時折私の紫煙や酒気のように緑のオーラを使う事で、杖でカバーしきれない部分を防御する。

刀の1本では相手の防御を越えて傷をつける事は難しいようで。


「じゃあペースを上げていこうよ」


背中から紫煙、酒気で出来た腕を生やし、更に同じように刀を作り出す事で実質的な多腕多刀のスタイルを作り出し。

私は更に密度が上がった乱舞を踊る。

ピエロはその様子に、その状況に薄く笑みを浮かべつつも汗を滲ませ……対応が徐々に追いつかなくなっていくのがHPバーの減少で分かった。

……もっと、イケる。もっと早く、もっと濃く、もっともっともっと――、


「――もっと、先に!」


【スキルの熟練度上限が解放されました:【過集中】】

【スキル:【過集中】の新たな能力が解放されました】

【スキル:【過集中】の新たな可能性が解放されました】


行く。

白黒の世界の中、私とピエロだけが色付いて。

その動きを鮮明にしつつも、次に彼がどう動こうとしているのかを【心眼】や【観察】が教えてくれて。

無理矢理な身体の動きを、【回避】を始めとした身体強化、身体動作補助系スキルが支えてくれて。

ようやく濃い防御の壁を、刃が通り抜けていく。

再びの一閃。

それは正しく相手の首に横一文字の線を引く事に成功した。


『ぐ、ゥ……!』

「あは、まだ終わらないよね?気分が良いんだよ、今」


だが、まだ終わらない。

HPの減少自体は続いているし、そう遠くない内に相手は死に至るだろう。

しかしまだ7割も残っている。ならば、もっとこの感覚を……今、この身体に流れている空気を感じ続けていたい。

動きが見るからに遅くなったピエロを置いていくように、私は足を動かし、腕を動かし、更に刀を振るう。

左右から、上下から、斜めから。点で、線で、面で。

1回出来た事を何度も何度も復習するように、角度を変え、体勢を変え、そして目の前のピエロが動かなくなるまで延々に斬り刻み続ける。


「……ふぅ……君も、そういうタイプになったのか」


気が付けば、ピエロはその四肢が斬り落とされ、血を吐き、酒気混じる鮮血の池の中に落ちていた。

だが、HPはまだ1割程残っている。試しに適当に作った酒気のナイフをその身体へと射出してみるものの……相手のHPが減る様子はなかった。

ゲームシステム的な、メタ的な何かによって減少が止まっているのだ。


『……やはり、やはり。これは私の夢であり、現実であり、過去であり……そして、未来なのだ』


独白。

こちらの言葉に応える為に発されたものではなく、彼自身が頭の中の考えを理解、整理する為に吐いただけの言葉だ。

だが、その言葉が紡がれていくと同時、周囲の観客やサーカス自体が光の粒子へと変わっていく。


「これは一体……?」

『だが、私は認めない。認められない。こんな終わりを……私が私でない贋作であったとしても!――世界しえんを彩る為の愉悦アクセントに過ぎないとしても!』


周囲の景色が変化していく。

元はサーカスであった場所は跡形もなくなり、暗く冷たい空気の流れる刑務所へと姿を変えていき。

ピエロだった男は、鉄格子の内側に。

私はその外側に立っていた。

……場所の変化……そういえば、最近戦ってるボスは基本的にこういう感じだね。

記憶に新しい『酒呑者』から始まり、グレートヒェン、マギ=アディクト、メアリー=シンドロームがそれに該当するだろう。

かのボス達は自身の得意な……力が存分に発揮できる場所を作り出していたものの……ここはそうには観えなかった。


『――【心象:作品『哀れなポゴの最期』】』

「ッ!?」


彼が呟くと同時、耐えがたい苦しさが身体の内側から湧き上がってくる。

視界の隅を見てみれば、そこには『窒息』、『猛毒』、『錯乱』と3種類のデバフに罹っているのが確認でき、


「自分自身も、巻き込むタイプか……!」


目の前のピエロだった男も、藻掻き苦しんでいた。

手に持った、背中から生えた腕で握った刀は届かない。鉄格子の隙間から通そうとしても、不可視の力によって弾かれてしまう。

紫煙も酒気も入っていかず、向こうからも何の攻撃もない。

唯々苦しみ、どちらが先に息絶えるかを競うだけの場所。

それがこの場なのだろう。

だが、


「相手が悪いよ」


私にとっては関係のない事だった。

過剰供給されている具現煙によって、限界を超えた速度でHPが回復している現在……私のHPが減る事はあっても、底を尽く事は無いだろう。

対してピエロだった、今は囚人服を着ている男は……徐々に顔色が悪くなり、口の端からは泡が漏れ出していく。

そんな様子を見つつも、私は気を抜く事はなかった。

何が起こっても良いように、突然背後から刺されても良いように、周囲の紫煙、酒気を操りつつも。

時間経過と共に杯形態の紫煙駆動が終了し、手元に紫煙外装が戻ってくるのを確認した。


「……ん?」


と、再度手斧形態で紫煙外装を呼び出した所で、何やらログが流れたのが見えた為確認してみれば。


【この相手にトドメを刺しますか?】


という、一文が書かれていた。

……分岐、と言えば分岐だろうなぁ。紫煙外装の強化にも関わってくる類の奴。

紫煙外装は私がそれまでにゲーム内で辿ってきた経験を元に強化される。今の杯形態が最も分かりやすい強化結果だろう。

だからこそ、ある程度はゲーム内での行動には気を付けていかないといけないのだが……そんなシステムがある中で、こんな文章を表示する意味は1つしかない。


「……普通に考えたら、倒した方がいいんだよねぇー……でも」


言って、私は手斧を構える。

何故かその後にすべき事は、手斧を構えた時点で感覚的に分かっていた。

軽く手斧を目の前に……鉄格子へと投げつける。すると、どんなに『想真刀』や紫煙などで攻撃しても破壊できなかった鉄格子はあっけなく壊れ、男へと通じる道が出来る。

私は苦しんでいる男に対し、インベントリ内からHP回復薬、状態異常回復薬を取り出し口の中へと流し込んだ。


「こういう、明らかに敵で、ボスで、更生の余地なんてなさそうな相手を助けたらどうなるかって、気になるよね?」


これも独白だ。

気を付けて行動しないといけない、と言ったものの……結局の所、私の行動基準はただ1つ。

好奇心が向くか否かなのだ。そこに善悪は関係なく、在るとしたら……ただただ面白いか否かでしかない。

……こういうのが選択できるってのも、自由度が高いゲームだからこそだしね。

苦しそうだった男は2種類の薬を飲んでいくにつれ、徐々に顔色が良くなったものの。

そのまま気を失ってしまった。


【『四⬛︎者』……訂正:『【狂道化師 ポゴ=ハンリー】』を助けました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【救出報酬がインベントリへと贈られます】

【【四道化の地下室】の新たな難度が解放されました】

【Tipsが追加されました】


いつもとは少し違うログが流れると共に、私の周囲の景色は誰も居ないサーカステントの中へと切り替わる。

周囲に敵が居ない事を確認してから、私は自身の昇華と具現を解き、


「つっかれたぁー……」


その場に倒れ込んだ。

気を張っていた、と言えば張っていたのだから当然だろう。

名前は変わっているものの、元より『四重者』は奇襲奇術奇策に長けた、搦め手を主に使うボス。

いつ、どこで、どんな攻撃が飛んでくるかも分からない為に、自然と集中し【過集中】が発動してくれるのはいいのだが……それでも、精神的な限界もある。


「……一旦、休もう。指輪取りに来ただけだったんだけどなぁ……」


思ったよりも長丁場のお出かけになってしまった。

だが……不思議と、悪い気分ではない。

この偽善によって得られた気持ちを噛みしめるように、私は適当な煙草を口に咥え、火を点ける。

人を1人救った後の煙草は、少しだけ喉にキツい爽快感と酒の匂いを感じさせてくれた。


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