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Episode16 - B1


--【四道化の地下室Hard】5層


暗闇の中、私は運ばれていた。

直接ではなく、何か箱のようなものに入れられた状態で、だ。

周囲からは何かを期待する様な、小さな声が聞こえ。

それ以外にも、「急げ」「もう始まるぞ」等と誰かを急かすような言葉も聞こえてくる。

……ムービー処理じゃ無いなこれ。

演出の途中らしいものの、私の身体は自由に動かす事が出来ている。

だが、この箱の中から出る事は出来ない。

身体を動かせる最低限の力しか入らないのだ。


「……最初から全力を出せるように、って事かなぁ」


どういうシーンなのかは分からないものの。

私は箱の中で、身体の周囲に漂う昇華と具現の紫煙の過剰供給を開始すると同時、杯形態で紫煙外装を取り出した。

警告文が流れるのを確認しつつ、右手がフック状に、服装が海賊風に、そして身体の節々から草木が生えるのを感覚的に認識しつつ、その時を待つ。


やがて、私の入っている箱の揺れが収まり。

周囲の声も止んだ。

一瞬の静寂の中、スピーカーがマイクと接続された音が聞こえ……私の身体は動かなくなる。

ボス戦開始時のムービーが開始されたのだろう。私の視界はまたも一変する。



――――――――――――――――――――


暗く、静まり返ったサーカステントの中。

突如、その中心を複数のスポットライトが照らす。

そこに立っているのは、1人の巨大な丸いピエロだ。


『レディースアンドジェントルメェーンンンンッ!』


彼が、彼こそがこのサーカスの座長であり、これから行われる演目を担当する演者でもある。

彼の近くには1つの鉄で作られたプレゼントボックスが存在していた。

彼は満面の笑みを浮かべながら、今宵集まった客へと演目の説明を開始する。


このサーカスで行われる演目はただ1つ。

そんな中でも、座長が出演するコレだけは皆が皆、心酔しているかのように心待ちにしていた。


『今宵行われる最期の演目はァー……勿論、殺人遊戯!しかしながら、今回は一味違ったモノをお見せしましょう……』


ここで、鉄の箱が内側から倒れ開かれていく。

中に入っていたのは……1人の、海賊風の女だった。


丸いピエロは嗤う。

観客も同じように嗤う。

悪意と侮蔑、そして憐憫が混じり合った演目が今、ここに開始される。


――――――――――――――――――――


身体の自由が戻ると共に、私はその場から大きく跳び退いた。

当然だ、目の前に推定『四重者』が居るのだから。


【『四■者キ■ーク■ウ■』』との戦闘が開始されます:参加プレイヤー数1】


複数の文字が隠された状態のログが流れたのを確認しつつ、私は目の前の丸いピエロが何をしても良いように周囲の酒気と紫煙を手斧の形へと変えていく。

そんな様子を見て、ピエロは嗤う。


『おっと、ゲストが緊張しているようだ。……お前達、落ち着かせてあげなさい』


優しい声と共に、ピエロの身体から緑色のオーラが立ち昇り……様々な形を作り出していく。

1つは、巨大な玉とその上に乗る小さなピエロへ。

1つは、巨大な獅子と鞭を握った細身のピエロへ。

そして最後に、少し離れた上空に空中ブランコに乗った2人のピエロが作り出される。

……前見た時よりも多いな。

以前、メウラのMVP報酬獲得マラソン時に見たのは巨大な獅子のみで、今回のように複数どころかピエロすら召喚されてはいなかった。

つまりは、ここが第一のノーマルとの相違点という事だろう。


『ヒャハハッ!』

『獅子ヨ、アノ者ヲ拘束セヨ!』

『イクヨ』

『イコ……ウ?』

『『『!?』』』

「……ふぅー……」


召喚されたピエロ達はそれぞれ動き始める。

笑いながら大玉を転がしこちらに近づいてくる者も居れば、自身は動かず獅子へと鞭を振るう者も居る。

そして空中でブランコに乗り、曲芸のような動きでこちらへ飛び掛かろうとしたピエロ達も居たが……その片割れの頭が突如弾ける。


「隙が大きすぎるよ。うん」


何をしたかは単純で。

過剰供給した事により、より濃密に私の身体から立ち昇るようになった酒気を使い、頭を撃ち抜いただけだ。

なんて事はない、ただの射撃。しかしながら箱の中というある程度密閉された空間内で蓄えられた酒気は、既に私でさえ『酩酊』が複数スタックする量にまで膨れ上がっている。

……攻撃自体は余裕で出来るし……うん、減ってる。

驚きからか、動きを止めたピエロ達を見据えながらも推定『四重者』のHPを確認すれば……撃ち抜いたピエロとは違い、何も被弾していない筈なのにも関わらず、少しばかり削れているのが分かった。


「単純で分かりやすくて良いねぇ」


言いつつ、私はそのまま杯を上へと投げ……紫煙駆動を起動させながら、怨念を指先に纏う。

いずれは怨念操作系のスキルでもラーニングしようかとも思いつつ……左手のフックに引っ掛けるようにしながら、新たな得物を出現させた。


「じゃ、やろうか」


新体操で使うバトンのように空中で回転しつつ具現化した『想真刀』を右手で握り、私はその場から駆け出した。

杯形態の紫煙駆動を起動させている為に、一歩の踏み出しでピエロ達の背後へと回り込み……そのまま、再度獅子へと鞭を振るおうとしていた細身のピエロへと肉薄し、一閃。

断末魔をあげさせる事もなく、首が飛び消えていく。


『ヒヒャッ!?』

『クッ……イケナイ!』


残り2体となったピエロ達は、こちらを止めようと躍起になってその場で切り返すものの……遅い。

白黒に染まっていく視界の中、更に速度の上がった私に追い付けるはずもなく、次々に急所を斬られ消えてしまう。

……これで4体。強化が過剰なのもあるけど、弱いな。

ボス本体では無いとはいえ、取り巻きにしては弱く感じてしまう。

強くなったと言われればそうではあるのだが、何かしらの意図が裏にあるように考えてしまうのは仕方のない事だろう。


『ホホ、仕方のない団員達だ。ゲストが落ち着くどころか、自分達が落ち着かされるなんて……』


推定『四重者』はと言えば、目の前で起こった一瞬の出来事に対して特に思う事もないようで。

……らしくないな。さっきから。

その様子を怪訝に思いつつ、私は再度強く地面を蹴って、


「終わらせようッ!」

『私自ら相手をするしかありませんねェ……』


背後へと回り込み、刀を振るう。

しかしながらその一閃は、ピエロが虚空から取り出した安っぽい杖によって防がれる。

こちらへと視線へと向ける事もなく行われた防御。これだけでもノーマルとハードでは彼の強さが変わっているのが実感できてしまう。

それを面倒とは思わず、面白いと感じてしまうのは……やはり私はゲーマーではあるのだろう。

ならば、もっと彼の強くなった所を観ていこう。


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