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Episode14 - D6


相手のピエロとの戦闘は、至近距離で行われた。

『想真刀』は使わずに、手斧を使っての戦闘だ。

変に懐に入ろうとするのではなく、観て、隙らしい隙を見つける事が出来た時のみ突っ込んで振るう。

それだけではあるものの、ある程度相手の能力の癖が理解出来てきた。

……パントマイムと、瞬間移動。完全に壁道化と狩道化の上位互換みたいな能力だ。

パントマイムを行うことによって、ピエロは不可視の壁を出現させることが出来る。

それの範囲は凡そピエロから2メートル以内であり、その内側には紫煙であろうと通さない。

私の全力の投擲ならば突破出来る可能性もあるが、それをやるにはもう1つの能力である瞬間移動が厄介だった。


「ッ!」

『これで4回目だヨ、レディー』


コマ落ちかのように、一瞬で私の背後へと回り込み手に持った短いナイフで背中を切り付けてくる。

予兆は無く、連続で2回まで移動出来るのは分かっているものの……それ以上の情報は得られていない。

幾ら私が紫煙外装を投擲しようとも、この瞬間移動能力によって避けられ、逆にカウンターを入れられてしまうのだ。

……問題は、影道化モチーフの能力を使ってない事かな。

このダンジョンに出現する道化師達の能力がモチーフとなっているのであれば、あと見えていないのは分身増殖する黒の道化師の能力だ。

私があまりHPを削れていないのも相まって、ただ使っていない可能性もあるが……まだ隠された能力があるかもしれないと考えながら戦うのは少しばかり面倒ではある。


「……やるかぁ」


だが、相手の速度も、攻撃能力もそこまで高くはない。

瞬間移動されなければ目で追える程度であるし、攻撃に関しても、徐々にHP自体は削れてしまっているものの……具現煙によって十二分に回復できる程度でしかないのだ。

だから、私は手に持っていた手斧を握り締め、


「ここから先に行く為にもね!」

『ッ!?』


背後へと瞬間移動しナイフを刺してきたピエロの腕を掴む。

脇腹へと刺されたナイフがじわりと熱を持つものの、それだけだ。既に具現煙が身体の中で循環し、過剰に全体に供給され……そして草木が生え始めているのだから。


「あはっ」


掴んだ腕を引くことで、更に自身の身体にナイフを刺し入れながらも、距離を取らせないようにして。

バランスを崩し私側へと倒れ込みそうになるピエロに対して手斧を振るう。

一度、二度ではない。

肉をミンチにするように、丁寧に何度も何度も叩きつけ、肉を断ち、破壊していく。

結果として、そこに残ったのは、白いモノが混ざった肉塊であり、


「……まだか」


ピエロが未だ生きていることを知らせる、2割程度残ったHPバーだった。


『――!――!!』


一度肉塊から離れ、警戒していると。

肉塊から何やら声らしき音が漏れ出してくる。

それは暫くすると一定のテンポへと変わり、一定のリズムを刻み始め、そして声へと変わった。


『――ァあ!ぅぉっほん!これはこれは1人では足りませんでしたね、失礼!』


肉塊が2つに分かれ、そして形を変えていく。

最初は不恰好な人型の肉塊に。

そこから細部がしっかりと造形され、服が何処からともなく出現し。

最終的には、先程叩きに叩いたピエロの姿に戻っていく。

違う点としては、


「……それが影道化モチーフの能力か……」


ピエロが2体になった事だろう。

だが、先程よりも面倒は少なそうだ。

……服装がそれぞれ寄った・・・ね。

2体のピエロの服装のデザイン自体は先程と同じ。しかしながら、色合いが変わっているのだ。

こちらへと複数のナイフを向けながら笑っているピエロの色は赤。

そして、何も手には持っておらず、パントマイムのような動きを繰り返しているピエロの色が緑。

どちらの服にも、黒色は含まれておらず……これだけで凡その対処法は理解出来た。

つまりは、


「簡単になった、って訳だ!」

『『ショーの再演だヨ!』』


言って、征く。

狙うは赤ではなく、壁道化の能力を持っているであろう緑のピエロ。

赤のピエロの攻撃能力が上がっていたとしても、倒す優先順位は防衛能力を持っている支援型からだ。

こちらの攻撃を止められる能力は第一に倒しておかねば、いざという時に文字通り障害になりかねないのだから。


「『煙を上げろワイルドハント』」


赤のピエロの脇を潜り抜け、こちらへと壁を作るような動作をしているピエロに対し。

私は両足へと群青の紫煙を集中させ、駆ける。

懐に入り込むのが目的では無い。

両足全体に群青の紫煙を纏い、その形が独りでに人狼の脚へと変わるのを確認しながら、パントマイムによって出現した障壁へと突っ込んで、


「あはっ!」

『ッ!?』


多少ダメージを食らいながらも、勢いだけで障壁を割り進む。

そうして目指した先は、緑のピエロの背後であり……こちらの速度が速すぎる為か、相手は未だ振り向く事すら出来ていなかった。

そんな無防備な背中に対し、私は腕へと群青の紫煙を纏わせながら斧を叩きつける。

先程の様な数を当てる振るい方ではなく、精一杯の力を持って、相手を叩き割る事を念頭に置いた動き。


『ガッァ……!』

「ッチ……でも……!」


だが、それが緑のピエロへと届くことは無かった。

私と緑のピエロの間に、突如として出現した赤のピエロが文字通りの肉壁となったのだ。

肩口から斜めに斬られた赤のピエロは、狼へと変わった群青の紫煙に喰われ消えていく。


稼がれた一瞬の時間。

再度一歩踏み出し、緑のピエロへと襲い掛かろうとした瞬間……私の身体に力が入らなくなっていく。

何かと思い観てみれば、緑のピエロが自らの首を絞めているではないか。

……パントマイムの解釈の範疇じゃないだろ……!

ギリギリと、自らの首を絞める緑のピエロに対し、その動きに呼応する様に不可視の手によって絞まっていく私の首。

視界の隅には既に『窒息』のデバフのアイコンが表示されており、具現煙のおかげで意識を失っていないだけでかなり危険な状況である事は分かっている。

だが、だからこそ。

私は緑のピエロを観て、


「――ぁっ!」

『――ッ!!!』


声にならない声を挙げながら、周囲に漂っていた紫煙、そして酒気を緑のピエロへと殺到させた。

それらの造形はいつもよりも拙いものばかり。ただ相手を傷付けられば良いと、刃物というよりは硝子の破片のようなそれらが、ピエロの身体を斬り刻み。

程なくして、私達はその場へと倒れ込んだ。


【名無の道化師を討伐しました】

【討伐報酬がインベントリ内へと贈られます】

【特殊討伐報酬:名無の鍵を入手しました】


「ごほっ、かはっ……」


勝手に喉から出てくる咳をそのままに、私はそのままの体勢で寝転がる。

……HPは……まぁ、大丈夫か。STも紫煙草使えばどうとでもなるし……どっちかっていうとこの後どれくらい使うか分からない方が問題か。

思考は回る。仮想の身体アバターが苦しくとも、現実の思考には関係がないのだから。

しかしながら、今すぐに動こうとは思えなかった。


「ふぅー……何だよ、酒浸りの親衛者よりも面倒じゃんか」


度々素材を得る為に狩っている海賊よりも、今回戦ったピエロの方が厄介度が上だった。

上層に出現する中ボスが、中層に出現する中ボスよりも厄介とはどういう事だと運営に言いたいものの。

恐らくは相性的な部分もあるのだろうと思う。

私の弱い点が思いっきり前面に出てしまったのだ。

……やっぱり、単体で、移動能力もあって防御も優秀な相手はキッツイな。

親衛者との違いはそこだ。

向こうはまともな移動手段を持たず、搦め手として【酒精操作】を使ってくるものの……今の私は紫煙外装含めてあの海賊をメタったような存在になっている。

対して、名無の道化師に関しては……能力を知る必要もあったが、ある程度相手を好きに動かしてしまったのが少し苦戦した理由だろう。


「次からはしっかり拘束して、動けなくしてからだなぁ」


対処自体は出来る。

それこそ、紫煙や酒気によってその場に拘束すればいいだけだ。

問題は瞬間移動能力だが……拘束をそれで抜けられるというのであれば、今回私がやった方法と同じ事を背中から生やした紫煙や酒気の腕でやれば良いだけの事。


「課題が多い……ま、その方が長く楽しめるってね」


適当な煙草を取り出し、火を点け咥える。

これを吸い終わったら移動を開始するとしよう。


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