目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
Episode5 - B2


……これは……『酩酊』のアイコン?

視界の隅に新たに追加されたのは、既に付与されている『酩酊』と同じような見た目のアイコンだった。

だが、重複したバフデバフはここに追加されず、『酩酊』のように1つのアイコンにスタックされていく。

ならばこれは、


「分からんッ!考えるくらいなら前に行くよ今は!」


『酒呑者』の残りHPは凡そ7割。

大きく当てた攻撃は無く、そのどれもが浅い切り傷のみ。しかしながらそれだけで3割削る事が出来たと考えるべきだろう。

ここから一撃で相手を落とすならば……致命の一撃を狙うしかないのだろうが……それをさせてもらえる程、相手は弱くはない。だからこそ、燃える【葡萄胚】のように私も燃えるように刹那的に刀を振るう。

再度近付き、その勢いままに刀を突き入れる。

当然、突きの動作は避けられれば大きな隙となる。だが私の腕は今や1つではない。

【疑似腕】が握る紫煙の刀が、避けられたとしても攻撃されぬよう、隙を潰すようにして鬼へとその白い刀身を走らせた。


『――【Give Up Two】』


それと共に、彼女の周囲の輪が青く染まり、私の周囲の輪は赤く染まる。

その瞬間、


「ぐっぅ……ステータス低下か!」


重さなど普段は感じないはずの『想真刀』が重く感じ始める。

それだけではない。身体を動かすのにも、呼吸をするのにも、布が1枚被されているかのように先程よりもワンテンポ遅れるのだ。

……名前は……『悪酔』!酒っぽいなぁ!

私と同じ様に液体の輪に囲まれていたはずの鬼の動きは未だ素早い。否、先程よりも早くなっている。

向こうはステータス強化を更に重ねたのだろう。

こちらは赤で、向こうは青。流石に似たような見た目のエフェクトが周囲に出ているのだ。関連性を疑わないのは無理がある。


だが、まだ私の方が早い。

遅くなった身体で更に一歩踏み込んで。


「もっと上げよう!」


身体から酒を放出し、それらを腕に変え、刀へと変え、更に斬撃の嵐を濃くしていく。

酒である為に『酒呑者』に時折制御が奪われるものの、どうだっていい。

1つ奪われても、その倍以上の数が彼女を襲うのだから。

身体に酒の刀が突き入れられ、吐血してもすぐに具現煙によって回復するのだから問題は無い。

だが鬼も負けてはいない。

私と同じ様に、しかしながら数は少なくも酒気によって不格好な拳のようなものを作り出し無数の刀へと応戦し始める。


初めは慣れていない為か、見当違いの方向に行ったり、そもそも勢いがなく、力も全然入っていなかったりと攻撃には程遠かったものの……次第に慣れてきたのか、私の刀と打ち合えるようになっていく。

そんな中、私の視界が……【心眼】が、あるものを捉えた。

……私の方の輪、なんか青が混ざってきてない?

本当に少しだけ。注意深く観察しなければ気が付かない程度に、私の周囲の赤い輪に青が混ざり紫色へと変化している。

何が原因か、と考えつつ『想真刀』を振るい、


「ッ、そういうギミックね!」


酒気の拳を叩き斬った所で、更に青が追加されたのを確認した。

酒気の拳を斬った所で、私に吸収されるのはステータスではなく『酩酊』のみ。

だが、それを斬った事で青に……鬼と同じ方向へと近付いたという事は。

……これは対象の『酩酊』の量によってバフデバフに変化する類のモノ!

私の『酩酊』のスタック数は少ない。今は溜まっていく一方ではあるが、杯形態での紫煙駆動前は貯まるごとに【葡萄胚】へと変換されていたのだから。

対して、『酒呑者』はこのギミックが発動する前に瓢箪の中身を飲み干している。

中身はほぼ確実に酒であろうそれを大量に飲んだのだ。相応に『酩酊』のスタック数は貯まっているはず。


ならばと、私は自身の口の周囲に酒を生み出す事で無理矢理摂取して。

酒を飲む程に青へと近付いていく輪と共に、私の身体はどんどん軽くなっていく。

視界が歪み、『高揚』なるバフらしきものが追加され、『眩暈』というデバフが追加されながら。

酔いが場を支配する中、私と鬼は刀と拳で踊る。

だが、やはり自動回復は強いのだろう。

鬼の身体に付いた傷は増え、私の身体だけ綺麗なまま……彼女の残りのHPは残り4割に迫ろうとしていた。

再度『酒呑者』は私から離れ、瓢箪を手に、


『【Give Up Three】』


言って、粉々に瓢箪を砕く。

その瞬間、彼女の身体は赤く染まっていった。

ただ赤く染まるのではない。酒の、酔いの結果によって肌が赤らむように、それが全身へと広がるように染まっていくのだ。

そして、彼女の周囲の酒や酒気が1つの形をとっていく。

それは、


「ここに来て同じ得物かぁ……良いね」


刀だった。

しかし、私よりの持つ『想真刀』よりも巨大な、大太刀と呼ばれる類のもの。

小学生のような見た目の鬼がそれを握り、こちらへと構えているのは中々に違和感があるものの……この場でその違和感は邪魔でしかない。

……行こう。

残る【葡萄胚】は2つ。他は燃え尽きてしまった。

時間にして凡そ1分程度だろうか。中々に展開が早く、自身ではもっと時間が経っているかのような錯覚に陥りつつも、私は近付いてくる鬼に対して、


「……変な事はしない」


周囲の、【疑似腕】が持つ紫煙の刀以外の腕や刀を全て弾けさせ『想真刀』の鞘へと変える。

ここまで刀を振るってきたものの、私の刀関係のスキルはもう1つ……それも、傍から見たら恰好良さしか詰まっていないモノが残っている。

恰好良さは大事だ。なんたって恰好良ければそれだけで使っている側も、観る側もテンションが上がるのだから。

だから私は、これをここぞという時に……今、この時に使う。


『酒呑者』が正面まで来て、酒の大太刀を大きく頭上へと掲げ。

――まだ動かない。

私の足に酒が纏わりつき、動きづらくなったのを感じながら。

――まだ、動かない。

酒臭い鬼が、膂力に任せ大太刀を振り下ろそうとして、


「――ここだ」


動く。

足元の拘束は、ここまで強化されてきたステータスで無理矢理に突破して。

身体を軽く半身にする事で、大太刀を紙一重で避け、刀を鞘から抜いていく。

一息。

見えてはいたのだろう。だが、完全に避けられず、防御も出来ないタイミングで放たれたその【居合】は、【剣魂一擲】の補助もあってか『酒呑者』をしっかりと捉え、


『善き』


その首を斬り飛ばした。


【『酒呑者』を討伐しました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】

【【酒気帯びる回廊】の新たな難度が解放されました】

【【世界屈折空間中層】に変化が起きました】


「……これで終わらなかったらどうしようかと思ってたよ」


その場に座り込むと共に、周囲の景色が元の神社へと戻っていく。

それと共に【葡萄胚】全てが燃え尽き、私の身体の変化が消えていった。

静寂の中、私は煙草を取り出し、


「あ、基本的にはこういう場所って禁煙だっけ。……じゃあ仕方ない」


インベントリへと仕舞い、代わりに紫煙外装を杯形態で呼び出した。

そこに透明な酒を注ぎ入れ、一口。


「たまにはこういう場所でお酒を飲むってのも悪くはないねぇ」


軽く動ける様になるまでは、ここで酒盛りでもしていよう。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?